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鎌倉の切通しに毎週届く白い封筒

鎌倉[かまくら]には、山[やま]を切っ[きっ]て作っ[つくっ]た古い[ふるい]道[みち]がある。人々[ひとびと]はその道[みち]を「切通し[きりどおし]」と呼ん[よん]でいる。

大学生[だいがくせい]の彩[いろどり]は、毎週[まいしゅう]日曜日[にちようび]、その切通し[きりどおし]を散歩[さんぽ]していた。道[みち]はせまく、両側[りょうがわ]には高い[たかい]岩[いわ]があった。昼[ひる]でも少し[すこし]暗く[くらく]、とても静か[しずか]だった。

六[ろく]月[がつ]の最初[さいしょ]の日曜日[にちようび]、彩[あや]は岩[いわ]の上[うえ]に白い[しろい]封筒[ふうとう]を見つけ[みつけ]た。切手[きって]も名前[なまえ]もなかった。中[なか]には短い[みじかい]手紙[てがみ]が入っ[はいっ]ていた。

「この道[みち]を忘れ[わすれ]ないでください。」

次[つぎ]の日曜日[にちようび]、同じ[おなじ]場所[ばしょ]にまた白い[しろい]封筒[ふうとう]があった。

「赤い[あかい]花[はな]の下[した]を見[み]てください。」

彩[あや]が近く[ちかく]を探す[さがす]と、小さな[ちいさな]赤い[あかい]花[はな]の下[した]に古い[ふるい]写真[しゃしん]があった。写真[しゃしん]には、若い[わかい]男[おとこ]の人[ひと]と女[おんな]の人[ひと]、そしてそのころの切通し[きりどおし]が写っ[うつっ]ていた。

三[さん]回[かい]目[め]の手紙[てがみ]には、こう書い[かい]てあった。

「七[なな]月[がつ]から、この道[みち]にはもう入れ[いれ]ません。」

彩[あや]は驚い[おどろい]た。市役所[しやくしょ]は安全[あんぜん]のため、七[なな]月[がつ]からこの道[みち]を閉める[しめる]ことにしていた。もう開ける[あける]予定[よてい]はなかった。しかし、その話[はなし]はまだニュースに出[で]ていなかった。

「どうして、この人[ひと]は知っ[しっ]ているの?」

彩[あや]は友人[ゆうじん]の健太[けんた]に写真[しゃしん]を見せ[みせ]た。

健太[けんた]は写真[しゃしん]をよく見[み]て言っ[いっ]た。

「この男[おとこ]の人[ひと]は、駅前[えきまえ]の古い[ふるい]写真店[しゃしんてん]の主人[しゅじん]に似[に]ているよ。」

二人[ふたり]は写真店[しゃしんてん]へ行っ[いっ]た。店[みせ]には白い[しろい]髪[かみ]の主人[しゅじん]がいた。彩[あや]は写真[しゃしん]を見せ[みせ]た。

「この封筒[ふうとう]を置い[おい]たのは、あなたですか?」

主人[しゅじん]はしばらく何[なん]も言わ[いわ]なかった。それから、静か[しずか]に首[くび]を振っ[ふっ]た。

「いいえ、私[わたくし]ではありません。写真[しゃしん]の男[おとこ]の人[ひと]は私[わたくし]です。」

「では、この女[おんな]の人[ひと]は?」

「妹[いもうと]です。三十[さんじゅう]年[ねん]前[まえ]、外国[がいこく]へ行き[いき]ました。それから、会っ[あっ]ていません。」

その時[とき]、店[みせ]の奥[おく]から女性[じょせい]の声[こえ]がした。

「兄さん[にいさん]は、今[いま]も大事[だいじ]なことを言わ[いわ]ないのね。」

青[あお]いかさを持っ[もっ]た女性[じょせい]が出[で]てきた。写真[しゃしん]の女[おんな]の人[ひと]だった。

主人[しゅじん]はとても驚い[おどろい]た。

「いつ、日本[にっぽん]へ来[き]たんですか?」

「一[いち]か月[かげつ]前[まえ]です。でも、店[みせ]に入る[はいる]勇気[ゆうき]がありませんでした。」

女性[じょせい]は彩[いろどり]を見[み]た。

「手紙[てがみ]を置い[おい]たのは私[わたくし]です。子ども[こども]のころ、兄[あに]と毎週[まいしゅう]あの道[みち]を歩き[あるき]ました。道[みち]が閉まる[しまる]前[まえ]に、兄[あに]に思い出し[おもいだし]てほしかったんです。」

彩[あや]は少し[すこし]怒っ[おこっ]た。

「でも、なぜ直接[ちょくせつ]話さ[はなさ]なかったんですか?」

女性[じょせい]は青い[あおい]かさをぎゅっと持っ[もっ]た。

「最後[さいご]に会っ[あっ]た日[ひ]、私[わたくし]は兄[あに]にひどいことを言い[いい]ました。私[わたくし]は、兄[あに]がもう私[わたくし]に会い[あい]たくないと思っ[おもっ]ていました。」

主人[しゅじん]は古い[ふるい]写真[しゃしん]を手[て]に取っ[とっ]た。

「私[わたくし]は毎週[まいしゅう]、封筒[ふうとう]を見[み]ていました。長い[ながい]間[あいだ]、開け[あけ]ませんでした。妹[いもうと]の字[じ]だと分かっ[わかっ]ていたからです。」

「でも、七[なな]月[がつ]から道[みち]が閉まる[しまる]ことを、どうして知っ[しっ]ていたんですか?」

彩[あや]が聞く[きく]と、主人[しゅじん]は困っ[こまっ]た顔[かお]で笑っ[わらっ]た。

「一[いち]通[つう]だけ、開け[あけ]たんです。」

店[みせ]の中[なか]は静か[しずか]になった。

少し[すこし]して、主人[しゅじん]は妹[いもうと]に言っ[いっ]た。

「道[みち]が閉まる[しまる]前[まえ]に、もう一度[いちど]、一緒[いっしょ]に歩か[あるか]ないか。」

次[つぎ]の日曜日[にちようび]、切通し[きりどおし]に白い[しろい]封筒[ふうとう]はなかった。

その代わり[かわり]、彩[あや]は古い[ふるい]道[みち]を歩く[あるく]兄[あに]と妹[いもうと]を見[み]た。二人[ふたり]は何[なん]も話さ[はなさ]なかった。しかし、赤い[あかい]花[はな]の前[まえ]で、妹[いもうと]が笑っ[わらっ]た。

兄[あに]も少し[すこし]遅れ[おくれ]て笑っ[わらっ]た。

白い[しろい]封筒[ふうとう]は、もう必要[ひつよう]なかった。