Loading translation and audio tools…

廃校の黒板に残された名前

廃校[はいこう]の黒板[こくばん]に残さ[のこさ]れた名前[なまえ]

雪[ゆき]は古い[ふるい]学校[がっこう]の前[まえ]に立っ[たっ]た。学校[がっこう]の名前[なまえ]は「山村[さんそん]小学校[しょうがっこう]」だ。もう二十[にじゅう]年間[ねんかん]、誰[だれ]も使っ[つかっ]ていない。建物[たてもの]は古く[ふるく]、窓[まど]は割れ[われ]ていた。草[くさ]が高く[たかく]、空[そら]は灰色[はいいろ]だった。

「少し[すこし]だけ、入っ[はいっ]てみよう」と雪[ゆき]は思っ[おもっ]た。

ドアは重かっ[おもかっ]た。でも、ゆっくり開い[ひらい]た。中[なか]は暗く[くらく]、ほこりがたくさんあった。廊下[ろうか]は長く[ながく]、物音[ものおと]はしなかった。

一番[いちばん]奥[おく]の教室[きょうしつ]に入っ[はいっ]た。窓[まど]から光[ひかり]が少し[すこし]入っ[はいっ]てきた。そこに、大きな[おおきな]黒板[こくばん]があった。

雪[ゆき]はすぐに気[き]がついた。黒板[こくばん]に、白い[しろい]チョークで名前[なまえ]が書い[かい]てあった。

田中[たなか]みどり 佐藤[さとう]けんじ 木村[きむら]はなこ 鈴木[すずき]きよ

雪[ゆき]はゆっくり読ん[よん]だ。そして、急[きゅう]に止まっ[とまっ]た。

「鈴木[すずき]きよ…これは、おばあちゃんの名前[なまえ]だ。」

祖母[そぼ]の名前[なまえ]は鈴木[すずき]きよ。今[いま]、七十八[ななじゅうはち]歳[さい]だ。

「どうして?誰[だれ]が書い[かい]たの?」

雪[ゆき]はスマートフォンで写真[しゃしん]を撮っ[とっ]た。手[て]が少し[すこし]震え[ふるえ]た。

その夜[よる]、雪[ゆき]は祖母[そぼ]の家[いえ]に行っ[いっ]た。

「おばあちゃん、これを見[み]て。」

雪[ゆき]は写真[しゃしん]を見せ[みせ]た。祖母[そぼ]はゆっくり画面[がめん]を見[み]た。部屋[へや]は静か[しずか]だった。

しばらくして、祖母[そぼ]が小さい[ちいさい]声[こえ]で言っ[いっ]た。

「…山村[さんそん]小学校[しょうがっこう]。私[わたくし]の学校[がっこう]だよ。」

「おばあちゃんの名前[なまえ]があった。知っ[しっ]てた?」

「知ら[しら]なかった。」祖母[そぼ]の目[め]は驚き[おどろき]で丸く[まるく]なった。「でも、田中[たなか]みどりは私[わたくし]の一[いち]番[ばん]の友達[ともだち]だった。みんな同じ[おなじ]クラスだった。」

「学校[がっこう]が閉まる[しまる]前[まえ]に、みんなで書い[かい]たのかな?」

祖母[そぼ]はしばらく考え[かんがえ]た。

「学校[がっこう]が閉まっ[しまっ]た時[とき]、私[わたくし]は十二[じゅうに]歳[さい]だった。その日[ひ]、私[わたくし]は来[こ]なかった。父[ちち]が病気[びょうき]で…家[いえ]にいなければならなかった。みんなに会え[あえ]なかった。それから、みんな違う[ちがう]街[まち]に行っ[いっ]た。」

祖母[そぼ]の声[こえ]は小さく[ちいさく]なった。

「でも、みんな来[き]たんだね」と雪[ゆき]は言っ[いっ]た。「おばあちゃんが来[こ]なかったのに、名前[なまえ]も書い[かい]た。忘れ[わすれ]なかったんだよ。」

祖母[そぼ]は長い[ながい]間[あいだ]、写真[しゃしん]を見[み]た。目[め]に涙[なみだ]があった。

「六十[ろくじゅう]年[ねん]以上[いじょう]前[まえ]のことだよ…」と祖母[そぼ]は静か[しずか]に言っ[いっ]た。

雪[ゆき]はそっと祖母[そぼ]の手[て]を握っ[にぎっ]た。

黒板[こくばん]の名前[なまえ]は消え[きえ]ていなかった。それは「さようなら」ではなかった。それは「忘れ[わすれ]ないよ」という約束[やくそく]だった。