初演後に楽譜を焼いた作曲家B2Music & ArtsListen to the whole story5 キーワード重要な語彙岡崎おかざき誠一せいいちが自分じぶんの音楽おんがくに何なんかを「言わいわせてしまった」と気づいきづいたのは、初演しょえんの夜よる、ホールの暗がりくらがりの中なかでオーケストラの演奏えんそうを聴いきいている最中さいちゅうだった。作曲家さっきょくかとして二十にじゅう年ねんのキャリアを持つもつ誠一せいいちは、批評家ひひょうかから「技術的ぎじゅつてきには完璧かんぺきだが、感情かんじょうに乏しいとぼしい」と評さひょうされることが多かっおおかった。それは彼かれにとって侮辱ぶじょくではなく、むしろ勲章くんしょうのようなものだった。感情かんじょうとは制御せいぎょを失ううしなうことだと、彼かれは信じしんじていたからだ。段落を翻訳新作しんさく「失わうしなわれた声こえ」を書きかき始めはじめたのは、三さん年ねん前まえのことだった。娘むすめの明日香あすかと取り返しとりかえしのつかない言い争いいいあらそいをした直後ちょくごのことで、彼女かのじょは大学だいがく入学にゅうがくを機きに家いえを出でていった。それ以来いらい、ふたりの間あいだでは年ねんに数すう回かいのそっけないメッセージが交わさかわされるだけだった。誠一せいいちは自分じぶんに言い聞かせいいきかせていた。この曲きょくは感情かんじょうの話はなしではなく、純粋じゅんすいな構造こうぞうの実験じっけんだ、と。しかし演奏えんそうが第だい二に楽章がくしょうに入っはいった瞬間しゅんかん、全身ぜんしんが凍りついこおりついた。主題しゅだいのメロディーは、明日香あすかが幼いおさないころに口ずさんくちずさんでいた歌うたの断片だんぺんだったのだ。段落を翻訳それに気づいきづいたのは、おそらく誠一せいいちが最後さいごだっただろう。カーテンコールの後あと、ロビーには拍手はくしゅと批評家ひひょうかたちの賛辞さんじが満ちあふれみちあふれていた。誠一せいいちは笑顔えがおで礼れいをしたが、胸むねの中なかには奇妙きみょうな不快感ふかいかんが居座っいすわっていた。まるで、鍵かぎのかかった引き出しひきだしを誰だれかにこじ開けこじあけられたような感覚かんかくだった。そのとき、人込みひとごみの端はしに明日香あすかの姿すがたを見みた。彼女かのじょはコートを抱えかかえてロビーの隅すみに立ちたち、誠まこと一と目ひとめが合うあうと小さくちいさく頷いうなずいた。近づいちかづいてはこなかった。何なんも言わいわなかった。しかし、その目めはすべてを知っしっていた。誠一せいいちが人込みひとごみをかき分けかきわけて彼女かのじょに近づこうちかづこうとしたとき、明日香あすかはすでに出口でぐちから姿すがたを消しけしていた。段落を翻訳深夜しんや、アパートに戻っもどった誠一せいいちはデスクの上うえの総譜そうふを手てに取りとり、長いながい間あいだ見つめみつめた。もし他ほかの誰だれかがこの曲きょくを演奏えんそうすれば、同じおなじことが起きるおきるだろう。聴衆ちょうしゅうは感動かんどうし、批評家ひひょうかは賞賛しょうさんするかもしれない。しかし、この音楽おんがくが本当ほんとうに向けむけられていた相手あいては、もうそれを聴いきいてしまった。今更いまさらこの楽譜がくふを、世界せかいと共有きょうゆうし続けるつづけることに意味いみがあるだろうか。彼かれはベランダに出でて、ライターで総譜そうふの端はしに火ひをつけた。炎ほのおは静かしずかに、しかし確実かくじつに紙かみを飲み込んのみこんでいった。段落を翻訳翌朝よくあさ、音楽おんがく事務所じむしょから電話でんわがかかってきた。「追加ついか公演こうえんのオファーが来きています。それから楽譜がくふの出版しゅっぱんについても――」「楽譜がくふはありません」と、誠一せいいちは答えこたえた。「え?どういう……」「なくなりました」電話でんわ口くちの沈黙ちんもくは長かっながかった。誠一せいいちはそれを、窓まどの外そとを眺めながめながら静かしずかに待っまった。段落を翻訳三みっ日か後ご、明日香あすかから短いみじかいメッセージが届いとどいた。「お父さんおとうさん。あの曲きょくの中なかに、私わたくしがいた気きがした」誠一せいいちはその一いち文ぶんを何度なんども読み返しよみかえした。彼女かのじょが「いた」と断言だんげんせず、「気きがした」と書いかいたことに、なぜか安堵あんどを覚えおぼえた。扉とびらは半分はんぶんしか開いひらいていない――しかし、少なくすくなくとも完全かんぜんには閉まっしまっていなかった。楽譜がくふを焼いやいたことを後悔こうかいしているかと聞かきかれれば、誠一せいいちは正直しょうじきに答えこたえられないだろう。ただ、もし焼かやかなければ、あのメッセージを送るおくることはなかったかもしれない、とは思うおもう。段落を翻訳初心者向けストーリーレベル別リーダー短編ストーリーMusic & Arts storiesアプリには200以上の Japanese 物語があります。読み続けてください。アプリで続ける無料でお試しいただけます · iOS & Android理解度チェックComprehension Questions0 of 3 回答済み1Why did Seichi decide to burn his musical score?CThe musical score was accidentally damaged during the concert.BHe felt that the music had already achieved its purpose by being heard by his daughter.AHe was angry that the critics disliked his new composition.2What made the composition 'The Lost Voice' special to Seichi?CIt was commissioned by his daughter to win his affection.BIt was his most technically complex piece to date.AIt featured a melody that his daughter used to hum as a child.3How did the story conclude regarding Seichi and his daughter?CA bridge was established through a short message, leaving the door open for future connection.BThey reconciled immediately and decided to start a musical career together.AThey completely stopped talking to each other after the concert.次に進む前に理解度を確認してください。Reset解答を確認