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伊能忠敬が地図に描かなかった小島

1801年[ねん]の春[はる]、伊能[いのう]忠敬[ただたか]は東北[とうほく]の海岸[かいがん]を歩い[あるい]ていました。忠敬[ただたか]は50歳[さい]を過ぎ[すぎ]てから、日本[にっぽん]の地図[ちず]を作り[つくり]始め[はじめ]た人[ひと]です。仲間[なかま]と一緒[いっしょ]に、歩い[あるい]た距離[きょり]や星[ほし]の位置[いち]を測っ[はかっ]ていました。

ある朝[あさ]、海[うみ]に白い[しろい]霧[きり]が出[で]ました。忠敬[ただたか]は海[うみ]の中[なか]に、小さな[ちいさな]黒い[くろい]岩[いわ]を見つけ[みつけ]ました。

「先生[せんせい]、あれも地図[ちず]に描き[えがき]ますか」 若い[わかい]仲間[なかま]が聞き[きき]ました。

漁師[りょうし]は二[ふた]つの意見[いけん]を言い[いい]ました。一人[ひとり]は、「大きな[おおきな]波[なみ]が来る[くる]と、海[うみ]の下[した]に消え[きえ]ます」と言い[いい]ました。もう一人[ひとり]は、「船[ふね]の上[うえ]からあの岩[いわ]を見[み]て、自分[じぶん]の場所[ばしょ]を知り[しり]ます。地図[ちず]にないと危険[きけん]です」と言い[いい]ました。

忠敬[ただたか]たちは次[つぎ]の村[むら]へ行く[いく]時間[じかん]もありました。しかし忠敬[ただたか]は、三[さん]時間[じかん]待つ[まつ]ことにしました。

「本当[ほんとう]に何[なん]があるのか、確かめ[たしかめ]ましょう」

潮[しお]が低く[ひくく]なると、岩[いわ]の形[かたち]がよく見え[みえ]ました。その岩[いわ]は陸[りく]と細い[ほそい]岩[いわ]でつながっていました。島[しま]のように見え[みえ]ましたが、独立[どくりつ]した島[しま]ではありませんでした。

忠敬[ただたか]は、その岩[いわ]を島[しま]としては描き[えがき]ませんでした。しかし、海岸[かいがん]の近く[ちかく]に印[しるし]を付け[つけ]、「潮[しお]が高い[たかい]とき、海[うみ]の中[なか]に消える[きえる]岩[いわ]」と書き[かき]ました。

仲間[なかま]が「描か[えがか]ないことも、地図[ちず]の仕事[しごと]ですか」と聞く[きく]と、忠敬[ただたか]は答え[こたえ]ました。 「そうです。地図[ちず]には、見[み]たいものではなく、本当[ほんとう]にあるものを描き[えがき]ます」

仕事[しごと]は少し[すこし]遅れ[おくれ]ましたが、漁師[りょうし]たちはその印[しるし]を見[み]て安心[あんしん]しました。忠敬[ただたか]は、岩[いわ]の正しい[ただしい]姿[すがた]を地図[ちず]に書く[かく]ことが大切[たいせつ]だと思い[おもい]ました。