神保町の古書店で三十年売れなかった本
A2 · Mystery
木村[きむら]ゆきは神保町[じんぼうちょう]の古い[ふるい]通り[とおり]を歩い[あるい]ていました。左[ひだり]と右[みぎ]に、たくさんの本屋[ほんや]があります。ゆきは本[ほん]が大好き[だいすき]です。でも今日[きょう]は、一[ひと]つの小さな[ちいさな]古書店[こしょてん]が目[め]に入り[はいり]ました。
店[みせ]の名前[なまえ]は「田中[たなか]書店[しょてん]」です。ドアを開ける[あける]と、古い[ふるい]紙[かみ]のにおいがしました。棚[たな]にはたくさんの古い[ふるい]本[ほん]がありました。
店[みせ]の奥[おく]に、白い[しろい]髪[かみ]の老人[ろうじん]がいました。老人[ろうじん]は静か[しずか]に新聞[しんぶん]を読ん[よん]でいました。
ゆきは棚[たな]をゆっくり見[み]ました。そして、一[いち]冊[さつ]の本[ほん]を見つけ[みつけ]ました。その本[ほん]はとても古く[ふるく]て、表紙[ひょうし]は黄色く[きいろく]なっていました。ほこりもたくさんついていました。
「この本[ほん]は…ずいぶん古い[ふるい]ですね」とゆきは言い[いい]ました。
老人[ろうじん]は顔[かお]を上げ[あげ]ました。「ああ、その本[ほん]ね。三十[さんじゅう]年[ねん]、誰[だれ]も買わ[かわ]なかった本[ほん]だよ」
「三十[さんじゅう]年[ねん]ですか!」ゆきはびっくりしました。「どうしてですか?」
「わからない。でも、誰[だれ]も手[て]に取ら[とら]なかった」老人[ろうじん]は少し[すこし]悲し[かなし]そうに言い[いい]ました。
ゆきはその本[ほん]を手[て]に取り[とり]ました。少し[すこし]重く[おもく]て、冷たかっ[つめたかっ]たです。表紙[ひょうし]には『夏[なつ]の約束[やくそく]』と書い[かい]てありました。ゆきは本[ほん]をそっと開き[ひらき]ました。
最初[さいしょ]のページに、小さな[ちいさな]手書き[てがき]の文字[もじ]がありました。
「田中[たなか]健一[けんいち]さんへ。この本[ほん]の中[なか]に、あなたへの手紙[てがみ]があります。── 小野[おの]さくら、一九九五[いちきゅうきゅうご]年[ねん]夏[なつ]」
ゆきは驚き[おどろき]ました。手紙[てがみ]?本[ほん]の中[なか]に?
ゆきはゆっくりページをめくりました。本[ほん]の真ん中[まんなか]に、古い[ふるい]封筒[ふうとう]がありました。封筒[ふうとう]には「田中[たなか]健一[けんいち]様[さま]」と書い[かい]てありました。
「あの…」ゆきは老人[ろうじん]を見[み]ました。「お名前[なまえ]は何[なん]ですか?」
老人[ろうじん]は少し[すこし]不思議[ふしぎ]そうな顔[かお]をしました。「田中[たなか]だよ。田中[たなか]健一[けんいち]」
ゆきの心臓[しんぞう]が速く[はやく]動き[うごき]ました。「これを見[み]てください」ゆきは本[ほん]を老人[ろうじん]に見せ[みせ]ました。「この本[ほん]の中[なか]に、あなたへの手紙[てがみ]があります」
老人[ろうじん]はゆっくり立ち上がり[たちあがり]ました。老人[ろうじん]の顔[かお]が白く[しろく]なりました。静か[しずか]に本[ほん]を受け取っ[うけとっ]て、ページを開き[ひらき]ました。
封筒[ふうとう]を両手[りょうて]で持ち[もち]ながら、老人[ろうじん]は長い[ながい]間[あいだ]、何[なん]も言い[いい]ませんでした。
「さくら…」老人[ろうじん]はとても小さな[ちいさな]声[こえ]で言い[いい]ました。「三十[さんじゅう]年[ねん]、ここにいたのか」
老人[ろうじん]の目[め]に、涙[なみだ]がありました。
ゆきは何[なん]も言い[いい]ませんでした。でも、胸[むね]の中[なか]がとても暖かく[あたたかく]なりました。
その夜[よる]、ゆきは日記[にっき]を書き[かき]ました。
「今日[きょう]、三十[さんじゅう]年[ねん]の謎[なぞ]がとけた。本[ほん]は、ずっと待っ[まっ]ていた」