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B2 · Relationships & Drama
松田[まつだ]沙智子[さちこ]が祖母[そぼ]の家[いえ]の片づけ[かたづけ]を始め[はじめ]たのは、葬儀[そうぎ]が終わっ[おわっ]て三[みっ]日[か]後[ご]のことだった。祖母[そぼ]の部屋[へや]は、長年[ながねん]にわたって積み重なっ[つみかさなっ]た記憶[きおく]の層[そう]のような場所[ばしょ]だった。使い込ま[つかいこま]れた茶器[ちゃき]、色あせ[いろあせ]た着物[きもの]、戦後[せんご]に出版[しゅっぱん]されたらしき古び[ふるび]た本[ほん]の束[たば]。沙智子[さちこ]はそれらを一[ひと]つひとつ手[て]に取り[とり]、捨てる[すてる]ものと残す[のこす]ものに分け[わけ]ていった。感傷的[かんしょうてき]になってはいけないと自分[じぶん]に言い聞かせ[いいきかせ]ながら、埃[ほこり]を払う[はらう]。
押し入れ[おしいれ]の奥[おく]に、小さな[ちいさな]木[き]の箱[ばこ]があった。鍵[かぎ]はかかっておらず、蓋[ふた]を開ける[あける]と、そこには祖母[そぼ]が若い[わかい]頃[ころ]に書い[かい]た手紙[てがみ]や、色[いろ]が褪せ[あせ]た切手[きって]のコレクション、そして一[いち]枚[まい]の白黒[しろくろ]写真[しゃしん]が収め[おさめ]られていた。見合い[みあい]写真[しゃしん]だ、と沙智子[さちこ]はすぐにわかった。スーツを着[き]た若い[わかい]男性[だんせい]が、背筋[せすじ]をまっすぐに伸ばし[のばし]てカメラに向かっ[むかっ]ている。表情[ひょうじょう]は硬い[かたい]が、目[め]に不思議[ふしぎ]な明るさ[あかるさ]がある。これが祖父[そふ]だろうか——そう思っ[おもっ]て裏返し[うらがえし]たとき、沙智子[さちこ]の手[て]が止まっ[とまっ]た。「中村[なかむら]隆志[たかし] 昭和[しょうわ]三十二[さんじゅうに]年[ねん] 春[はる]」。祖父[そふ]の名前[なまえ]は、松田[まつだ]健一[けんいち]だ。沙智子[さちこ]の心臓[しんぞう]が、小さく[ちいさく]跳ね[はね]た。
「ねえ、お母さん[おかあさん]、これ見[み]て」。台所[だいどころ]でお茶[ちゃ]を淹れ[いれ]ていた母[はは]の百合子[ゆりこ]に写真[しゃしん]を差し出す[さしだす]と、百合子[ゆりこ]はしばらく無言[むごん]でそれを見つめ[みつめ]た。その沈黙[ちんもく]が、沙智子[さちこ]には何[なん]かを隠し[かくし]ているように感じ[かんじ]られた。百合子[ゆりこ]は写真[しゃしん]を裏返し[うらがえし]、そこに書か[かか]れた名前[なまえ]を確認[かくにん]した。それからそっと、まるで壊れ物[こわれもの]でも扱う[あつかう]ように、テーブルの上[うえ]に置い[おい]た。「捨て[すて]ないで」と、母[はは]は言っ[いっ]た。「捨て[すて]ないけど……これって誰[だれ]? お祖父[そふ]さんじゃないよね」。百合子[ゆりこ]はお茶[ちゃ]を一口[ひとくち]飲ん[のん]でから、ゆっくりと椅子[いす]に座っ[すわっ]た。「おばあちゃんが、ずっと前[まえ]に話し[はなし]てくれたことがあるの。私[わたくし]が結婚[けっこん]する前の年[まえのとし]だったかしら」。
中村[なかむら]隆志[たかし]は、祖母[そぼ]の文子[ふみこ]が二十二[にじゅうに]歳[さい]のときに見合い[みあい]で紹介[しょうかい]された男性[だんせい]だった。その席[せき]で初めて[はじめて]会っ[あっ]たとき、文子[ふみこ]はその人[ひと]の話し方[はなしかた]が気[き]に入っ[はいっ]たという。声[こえ]が低く[ひくく]、言葉[ことば]を選ぶ[えらぶ]ように丁寧[ていねい]に話す[はなす]人[ひと]だったと。「おばあちゃん、その人[ひと]のことが本気[ほんき]で好き[すき]だったみたいよ。当時[とうじ]としては珍しい[めずらしい]ことだったけど、自分[じぶん]から父親[ちちおや]に頼ん[たのん]で、もう一度[いちど]会わ[あわ]せてほしいって言っ[いっ]たくらい」。「それで?」。「その年[とし]の秋[あき]に、中村[なかむら]さんの家[いえ]が倒産[とうさん]したの。そうなったら、おばあちゃんのお父さん[おとうさん]が急[きゅう]に態度[たいど]を変え[かえ]て。いくら会い[あい]たいと言っ[いっ]ても、『身分[みぶん]が釣り合わ[つりあわ]ない』の一点張り[いってんばり]で。それで結局[けっきょく]、お祖父[そふ]さんとの縁談[えんだん]を進め[すすめ]てしまったの」。
沙智子[さちこ]は写真[しゃしん]の若い[わかい]男[おとこ]の顔[かお]を改めて[あらためて]見[み]た。きっと文子[ふみこ]も、同じ[おなじ]ようにこの顔[かお]をじっと見つめ[みつめ]た時間[じかん]があったのだろう。「おばあちゃんは、それを受け入れ[うけいれ]たの?」。「受け入れ[うけいれ]たというより……従っ[したがっ]たの。あの時代[じだい]はそういうものだったから」。百合子[ゆりこ]の声[こえ]には、批判[ひはん]でも賛美[さんび]でもない、何[なん]か言葉[ことば]にしにくい感情[かんじょう]が混じっ[まじっ]ていた。それは、母娘[ははこ]というより、一人[ひとり]の女性[じょせい]として先人[せんじん]の人生[じんせい]を語る[かたる]ような響き[ひびき]だった。
沙智子[さちこ]は夜[よる]、祖母[そぼ]の部屋[へや]に戻っ[もどっ]てその写真[しゃしん]をもう一度[いちど]見[み]た。祖母[そぼ]は結局[けっきょく]、松田[まつだ]健一[けんいち]と結婚[けっこん]し、五[ご]人[にん]の子供[こども]を育て[そだて]、七十八[ななじゅうはち]年[ねん]の人生[じんせい]を終え[おえ]た。外[そと]から見れ[みれ]ば、幸福[こうふく]な生涯[しょうがい]だった。祖父[そふ]も口数[くちかず]は少ない[すくない]が誠実[せいじつ]な人[ひと]で、二人[ふたり]の間[あいだ]には穏やか[おだやか]な信頼[しんらい]があったと沙智子[さちこ]は信じ[しんじ]ていた。だが祖母[そぼ]は、この写真[しゃしん]を捨て[すて]なかった。鍵[かぎ]もかけずに、しかし押し入れ[おしいれ]の奥深く[おくふかく]に。それはどういう意味[いみ]だったのだろう。忘れ[わすれ]られなかったのか。それとも、忘れる[わすれる]必要[ひつよう]はないと判断[はんだん]したのか。沙智子[さちこ]のスマートフォンが、静か[しずか]に震え[ふるえ]た。画面[がめん]には、「浅野[あさの]」という名前[なまえ]が表示[ひょうじ]されていた。先月[せんげつ]、些細[ささい]な行き違い[いきちがい]から喧嘩[けんか]のようになってしまった相手[あいて]だ。あれから何度[なんど]かメッセージが届い[とどい]ていたが、沙智子[さちこ]はずっと返信[へんしん]していなかった。意地[いじ]を張っ[はっ]ているわけでもなく、ただ、どう言葉[ことば]をかけていいかわからなかった。
写真[しゃしん]の裏[うら]の名前[なまえ]を指[ゆび]でそっとなぞりながら、沙智子[さちこ]は思っ[おもっ]た。祖母[そぼ]は、この名前[なまえ]を書き残し[かきのこし]た人[ひと]のことを、生涯[しょうがい]のどこかにずっと抱え[かかえ]ていたかもしれない。それでも、自分[じぶん]が選ん[えらん]だ場所[ばしょ]で根[ね]を張っ[はっ]て生き[いき]た。その強さ[つよさ]が、今[いま]の自分[じぶん]には少し[すこし]だけ眩しく[まぶしく]思え[おもえ]た。沙智子[さちこ]はスマートフォンを手[て]に取り[とり]、画面[がめん]を開い[ひらい]た。「ねえ」と彼女[かのじょ]は打ち[うち]始め[はじめ]た。「少し[すこし]話せる[はなせる]?」。送信[そうしん]ボタンを押し[おし]た後[あと]、彼女[かのじょ]は写真[しゃしん]を元[もと]の木[き]の箱[ばこ]に戻し[もどし]た。捨てる[すてる]つもりはないが、飾る[かざる]つもりもない。ただ、そこに在る[ある]ということ——その意味[いみ]を、今[いま]の自分[じぶん]にはまだ測れ[はかれ]なかったが、それでも前[まえ]に進む[すすむ]ための小さな[ちいさな]一[いち]歩[ほ]を踏み出し[ふみだし]たような気[き]がした。