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Naga Yang Menyentuh Hati

トーマス・ライトがはじめて長崎[ながさき]くんちを見[み]たのは、25歳[さい]の秋[あき]だった。

カナダのトロント出身[しゅっしん]の彼[かれ]は、英語[えいご]教師[きょうし]として長崎[ながさき]に来[き]て、まだ3ヶ月[かげつ]しか経っ[たっ]ていなかった。その夜[よる]、諏訪神社[すわじんじゃ]の近く[ちかく]を歩い[あるい]ていると、遠く[とおく]から太鼓[たいこ]と鐘[かね]の音[おと]が聞こえ[きこえ]てきた。何[なん]だろうと思っ[おもっ]て人波[ひとなみ]の方[ほう]に向かう[むかう]と、長さ[ながさ]が30メートル以上[いじょう]もある黄金色[こがねいろ]の龍[りゅう]が、ゆっくりと、しかし力強く[ちからづよく]動い[うごい]ていた。

龍[りゅう]の体[からだ]は何十[なんじゅう]人[にん]もの男[おとこ]たちが支え[ささえ]ていた。彼[かれ]らはまるで一人[ひとり]の生き物[いきもの]のように動き[うごき]、龍[りゅう]が本当[ほんとう]に空[そら]を泳い[およい]でいるように見え[みえ]た。トーマスは息[いき]をのんだ。こんなに美しい[うつくしい]ものは、今まで[いままで]見[み]たことがなかった。

「あれは龍[りゅう]踊り[おどり]といいます」と、隣[となり]に立っ[たっ]ていた老人[ろうじん]が言っ[いっ]た。「400年[ねん]以上[いじょう]前[まえ]から続い[つづい]ている踊り[おどり]で、中国[ちゅうごく]から伝わり[つたわり]ました。特定[とくてい]の町[まち]の人[ひと]たちだけが奉納[ほうのう]できるんです。」

その夜[よる]から、トーマスの生活[せいかつ]は変わり[かわり]始め[はじめ]た。

彼[かれ]は龍[りゅう]踊り[おどり]のことを調べ[しらべ]続け[つづけ]た。外[そと]から入る[はいる]ことは非常[ひじょう]に難しい[むずかしい]とわかった。それでも、彼[かれ]はあきらめられなかった。

半年[はんとし]後[ご]、彼[かれ]は思い切っ[おもいきっ]て丸山町[まるやままち]の練習場[れんしゅうじょう]を訪ね[たずね]た。

「見学[けんがく]させてもらえませんか」と、恐る恐る[おそるおそる]声[こえ]をかけた。

道場[どうじょう]の中[なか]は静か[しずか]になった。数人[かずひと]の男[おとこ]たちがトーマスを見[み]た。その中[なか]の一人[ひとり]、田中[たなか]という50代[だい]の男性[だんせい]がゆっくり近づい[ちかづい]てきた。

「外国人[がいこくじん]は初めて[はじめて]だな」と、田中[たなか]は言っ[いっ]た。「なぜやりたいんですか?」

トーマスは正直[しょうじき]に答え[こたえ]た。「あの踊り[おどり]を見[み]たとき、心[こころ]に触れる[ふれる]ものを感じ[かんじ]たんです。うまく言葉[ことば]にできないけど、あの龍[りゅう]に近づき[ちかづき]たいと思い[おもい]ました。」

田中[たなか]はしばらく黙っ[だまっ]ていた。そして「一度[いちど]だけ、稽古[けいこ]を見[み]ていいですよ」と言っ[いっ]た。

一度[いちど]が二[に]度[ど]になり、二[に]度[ど]が一[いち]ヶ月[かげつ]になった。トーマスは毎[まい]週末[しゅうまつ]、練習[れんしゅう]に通う[かよう]ようになった。最初[さいしょ]のうちはただ見る[みる]だけだったが、ある日[ひ]、田中[たなか]が「やってみろ」と言っ[いっ]た。

龍[りゅう]の棒[ぼう]を持っ[もっ]た瞬間[しゅんかん]、思っ[おもっ]た以上[いじょう]に重く[おもく]て驚い[おどろい]た。他[ほか]の人[ひと]たちと息[いき]を合わせる[あわせる]ことが、こんなに難しい[むずかしい]とは思っ[おもっ]ていなかった。

「重心[じゅうしん]を低く[ひくく]して。腕[うで]じゃなくて、体[たい]全体[ぜんたい]で動かす[うごかす]んだ」と、田中[たなか]は何度[なんど]も同じ[おなじ]ことを教え[おしえ]た。言葉[ことば]は少なかっ[すくなかっ]たが、その分[ぶん]、一[ひと]つひとつが重く[おもく]感じ[かんじ]られた。

2年[ねん]が過ぎ[すぎ]た。トーマスの日本語[にほんご]も上手く[うまく]なり、仲間[なかま]たちとの会話[かいわ]も増え[ふえ]てきた。練習[れんしゅう]の後[あと]に一緒[いっしょ]にビールを飲み[のみ]、笑い合う[わらいあう]ようになった。「外国人[がいこくじん]」という感じ[かんじ]が、少し[すこし]ずつ薄れ[うすれ]ていった。

そして3年[ねん]目[め]の秋[あき]、田中[たなか]が言っ[いっ]た。「今年[ことし]のくんち、一緒[いっしょ]に踊る[おどる]か?」

トーマスは何[なん]も言え[いえ]なかった。ただ、深く[ふかく]お辞儀[おじぎ]をした。

10月[がつ]7日[か]、本番[ほんばん]の日[ひ]。何千[なんぜん]人[にん]もの観客[かんきゃく]が見[み]ている中[なか]で、トーマスは龍[りゅう]の体[からだ]の一部[いちぶ]として動い[うごい]た。太鼓[たいこ]の音[おと]が体[からだ]の中[なか]に響き[ひびき]、隣[となり]の仲間[なかま]の呼吸[こきゅう]が肌[はだ]で感じ[かんじ]られた。龍[りゅう]が大きく[おおきく]旋回[せんかい]したとき、観客[かんきゃく]から大きな[おおきな]歓声[かんせい]が上がっ[あがっ]た。

演技[えんぎ]が終わっ[おわっ]た後[あと]、田中[たなか]が近づい[ちかづい]てきた。

「よかったよ」と、彼[かれ]は小さな[ちいさな]声[こえ]で言っ[いっ]た。それだけだった。

しかし、トーマスにはそれで十分[じゅうぶん]だった。

その夜[よる]、彼[かれ]は一人[ひとり]で諏訪神社[すわじんじゃ]の石段[いしだん]に座っ[すわっ]た。3年[ねん]前[まえ]に雨[あめ]の中[なか]で龍[りゅう]を見上げ[みあげ]た場所[ばしょ]の近く[ちかく]だった。あの夜[よる]の自分[じぶん]に何[なん]かを伝え[つたえ]られるとしたら、こう言う[ゆう]だろうと思っ[おもっ]た。

——心[こころ]に触れる[ふれる]ものには、近づい[ちかづい]ていい。たとえ遠く[とおく]ても。