ผืนผ้าต่างแดนที่หลับใหลอยู่บนรถแห่ยามาโบโกะในเทศกาลกิออน
B2 · Culture & Travel
七[なな]月[がつ]の京都[きょうと]は、ただ暑い[あつい]のではない。何百[なんびゃく]年[ねん]もの時間[じかん]が大気[たいき]の中[なか]に溶け込ん[とけこん]だような、重く[おもく]濃密[のうみつ]な熱[あつ]さだ。その熱[ねつ]の中[なか]で、木村[きむら]澪[みお]は汗[あせ]を拭き[ふき]ながら、鶏[にわとり]鉾[ほこ]の前[まえ]に立っ[たっ]ていた。
大学院[だいがくいん]で日本[にっぽん]芸術[げいじゅつ]史[し]を学ぶ[まなぶ]澪[みお]にとって、祇園祭[ぎおんまつり]は幼い[おさない]頃[ころ]から当たり前[あたりまえ]のように見[み]てきた風景[ふうけい]だ。しかし今年[ことし]は違う[ちがう]。「山鉾[やまぼこ]の装飾品[そうしょくひん]について、きちんと調査[ちょうさ]して報告書[ほうこくしょ]を書い[かい]てみなさい」と指導[しどう]教官[きょうかん]に言わ[いわ]れた澪[みお]は、初めて[はじめて]本格的[ほんかくてき]な目[め]でこの祭[まつり]を見る[みる]ことになった。
鉾[ほこ]の胴体[どうたい]を飾る[かざる]布[ぬの]が、朝[あさ]の光[ひかり]を受け[うけ]て鈍く[にぶく]輝い[かがやい]ていた。深い[ふかい]紺色[こんいろ]と金色[きんいろ]が絡み合っ[からみあっ]た複雑[ふくざつ]な模様[もよう]。スケッチブックにそれを写し取り[うつしとり]ながら、澪[みお]は「こんなに近く[ちかく]で見[み]たことがなかった」と思っ[おもっ]た。
「何[なん]を調べ[しらべ]とるんですか」
声[こえ]をかけてきたのは、六十[ろくじゅう]代[だい]の男性[だんせい]だった。鶏[にわとり]鉾[ほこ]保存[ほぞん]会[かい]の岡本[おかもと]と名乗っ[なのっ]た彼[かれ]は、この鉾[ほこ]の修復[しゅうふく]を三十[さんじゅう]年[ねん]以上[いじょう]担当[たんとう]してきた職人[しょくにん]だという。
「大学院生[だいがくいんせい]で、山鉾[やまぼこ]の染織[せんしょく]品[ひん]について論文[ろんぶん]を書い[かい]ています。どんな布[ぬの]が使わ[つかわ]れているのか、産地[さんち]や歴史[れきし]を調べ[しらべ]ていて……」
「ほな、一番[いちばん]おもしろいもん、見せ[みせ]てあげましょ」
岡本[おかもと]が案内[あんない]してくれたのは、収蔵[しゅうぞう]庫[こ]だった。温度[おんど]と湿度[しつど]が厳密[げんみつ]に管理[かんり]された薄暗い[うすぐらい]部屋[へや]に入る[はいる]と、澪[みお]は思わ[おもわ]ず息[いき]をのんだ。棚[たな]の上[うえ]に、大きな[おおきな]布[ぬの]が何枚[なんまい]も丁寧[ていねい]に保管[ほかん]されていた。
「これが何[なん]かわかりますか」
澪[みお]は布[ぬの]に顔[かお]を近づけ[ちかづけ]た。描か[えがか]れているのは、鎧[よろい]を身[み]につけた人物[じんぶつ]たち、古い[ふるい]石造り[いしづくり]の城壁[じょうへき]、そしてギリシャ風[ふう]の装飾[そうしょく]。どう見[み]ても、日本[にっぽん]のものではない。
「……ヨーロッパ?」
「正解[せいかい]です」岡本[おかもと]は静か[しずか]に微笑ん[ほほえん]だ。「フランドルで織ら[おら]れたタペストリーで、十六[じゅうろく]世紀[せいき]のものです。描か[えがか]れているのはトロイの戦争[せんそう]の場面[ばめん]。五百[ごひゃく]年[ねん]前[まえ]のヨーロッパで作ら[つくら]れたこの布[ぬの]が、今[いま]も祇園祭[ぎおんまつり]の鉾[ほこ]を飾っ[かざっ]とるんです」
澪[みお]はしばらく言葉[ことば]を失っ[うしなっ]た。
「どうやって日本[にっぽん]に来[き]たんですか」
「室町[むろまち]から江戸[えど]の時代[じだい]にかけて、堺[さかい]や京都[きょうと]の商人[しょうにん]たちがポルトガル船[せん]やオランダ船[せん]から買い付け[かいつけ]たんです。当時[とうじ]、異国[いこく]の布[ぬの]は『南蛮[なんばん]渡来[とらい]』と呼ば[よば]れて、大変[たいへん]な高級[こうきゅう]品[ひん]やった。裕福[ゆうふく]な町衆[まちしゅう]が競う[きそう]ようにして鉾[ほこ]の飾り布[かざりぬの]に使っ[つかっ]た。フランドルのタペストリーだけやない。インドから渡っ[わたっ]てきた更紗[さらさ]も、中国[ちゅうごく]の金糸[きんし]で織っ[おっ]た錦[にしき]も、みんな祇園祭[ぎおんまつり]の鉾[ほこ]の上[うえ]に載っ[のっ]とります」
澪[みお]はメモを取る[とる]手[て]を止め[とめ]た。彼女[かのじょ]の論文[ろんぶん]の仮説[かせつ]は「祇園祭[ぎおんまつり]は京都[きょうと]の伝統[でんとう]文化[ぶんか]の純粋[じゅんすい]な結晶[けっしょう]だ」というものだった。しかし今[いま]、目[め]の前[まえ]にあるのはヨーロッパのキリスト教[きりすときょう]的[てき]な場面[ばめん]を描い[えがい]た布[ぬの]だ。
「当時[とうじ]の人[ひと]たちは、外国[がいこく]のものを使う[つかう]ことを——不純[ふじゅん]だとは思わ[おもわ]なかったんですか」
少し[すこし]挑戦[ちょうせん]的[てき]な問い[とい]方[かた]になってしまったかもしれないと思い[おもい]ながら、それでも澪[みお]は訊い[きい]た。
岡本[おかもと]は首[くび]を横[よこ]に振っ[ふっ]た。
「逆[ぎゃく]ですよ。当時[とうじ]の京都[きょうと]の商人[しょうにん]たちにとって、世界中[せかいじゅう]から良い[よい]ものを集め[あつめ]て自分[じぶん]たちの祭[まつり]に使う[つかう]こと——それ自体[じたい]が美意識[びいしき]の表れ[あらわれ]やったんやないですか。何[なん]が外国産[がいこくさん]で何[なん]が国産[こくさん]かという区別[くべつ]にこだわっとったら、これほど豊か[ゆたか]な祭[まつり]にはならなかったと思い[おもい]ます」
澪[みお]は再び[ふたたび]布[ぬの]に目[め]を向け[むけ]た。五百[ごひゃく]年[ねん]前[まえ]のフランドルの職人[しょくにん]が一[いち]針[はり]一[いち]針[はり]織り上げ[おりあげ]た模様[もよう]が、七[なな]月[がつ]の京都[きょうと]で今[いま]も生き[いき]続け[つづけ]ている。その布[ぬの]が旅[たび]してきた距離[きょり]と時間[じかん]を想像[そうぞう]したとき、自分[じぶん]が「純粋[じゅんすい]な伝統[でんとう]」を証明[しょうめい]しようとしていたことが、澪[みお]には少し[すこし]恥ずかしく[はずかしく]なった。
純粋[じゅんすい]さではなく、取り込む[とりこむ]力[ちから]。それが祭[まつり]の本質[ほんしつ]なのかもしれない。
収蔵[しゅうぞう]庫[こ]を出る[でる]と、鉾[ほこ]の周り[まわり]には浴衣姿[ゆかたすがた]の人々[ひとびと]が集まり[あつまり]始め[はじめ]ていた。彼[かれ]らの多く[おおく]は、目[め]の前[まえ]の布[ぬの]がどこから来[き]たものか、知ら[しら]ないだろう。でも今[いま]の澪[みお]には、それが問題[もんだい]だとは思え[おもえ]なかった。布[ぬの]は語り[かたり]続け[つづけ]ている——聞こう[きこう]とする人[ひと]に向け[むけ]て、静か[しずか]に、確か[たしか]に。
帰り道[かえりみち]、澪[みお]は論文[ろんぶん]のタイトルを変えよう[かえよう]と決め[きめ]た。