Cái tên khắc phía sau mặt nạ Noh bị đem ra đấu giá
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黒田[くろだ]都[と]は、木箱[きばこ]の蓋[ふた]を開け[あけ]た瞬間[しゅんかん]に息[いき]を呑ん[のん]だ。
白く[しろく]磨か[みがか]れた能面[のうめん]が、薄紙[うすがみ]の上[うえ]に横たわっ[よこたわっ]ていた。「若[わか]女[おんな]」と呼ば[よば]れる若い[わかい]女性[じょせい]の顔[かお]——穏やか[おだやか]な目元[めもと]、わずかに閉じ[とじ]た唇[くちびる]、頬[ほお]のやわらかな丸み[まるみ]。これほど精緻[せいち]な面[めん]を、都[と]は長い[ながい]査定[さてい]の仕事[しごと]の中[なか]でほとんど見[み]たことがなかった。

競売[きょうばい]会社[かいしゃ]「蒼[あおい]月[つき]堂[どう]」の査定[さてい]室[しつ]で、都[と]は白[しろ]手袋[てぶくろ]を着け[つけ]たまま面[めん]を持ち上げ[もちあげ]、裏[うら]を確かめ[たしかめ]た。通常[つうじょう]、能面[のうめん]の裏[うら]には作者[さくしゃ]の刻印[こくいん]か、所蔵[しょぞう]者[しゃ]の朱印[しゅいん]がある。この面[めん]の裏[うら]にも、確か[たしか]に刻印[こくいん]があった。「橘[たちばなの]源三郎[げんざぶろう]作[さく]」——明治[めいじ]期[き]の著名[ちょめい]な面[めん]打[だ]師[し]の名[な]だ。
しかし都[と]は眉[まゆ]をひそめた。
刻印[こくいん]の隣[となり]に、もう一[ひと]つの文字[もじ]が細く[ほそく]刻ま[きざま]れていたのだ。工具[こうぐ]の刃[は]で、丁寧[ていねい]に、しかし秘か[ひそか]に彫ら[ほら]れた字[じ]。「節子[せつこ]」と。

翌朝[よくあさ]、競売[きょうばい]の下見[したみ]会[かい]が始まっ[はじまっ]た。蒼[あおい]月[つき]堂[どう]には六十[ろくじゅう]点[てん]ほどの出品物[しゅっぴんぶつ]が並び[ならび]、コレクターや業者[ぎょうしゃ]が静か[しずか]に品物[しなもの]を眺め[ながめ]ていた。都[と]は受付[うけつけ]の傍[かたわら]に立ち[たち]ながら、能面[のうめん]が置か[おか]れたガラスケースをさりげなく観察[かんさつ]していた。
昼前[ひるまえ]、白髪[はくはつ]の老人[ろうじん]が入っ[はいっ]てきた。七十[ななじゅう]代[だい]だろうか。黒い[くろい]コートを着[き]て、杖[つえ]を持ち[もち]、一人[ひとり]だった。老人[ろうじん]は他[た]の展示[てんじ]品[ひん]には目[め]もくれず、まっすぐ能面[のうめん]のケースに近づい[ちかづい]た。かなり長い[ながい]時間[じかん]、彼[かれ]はそこに立っ[たっ]ていた。

都[と]は近づい[ちかづい]た。「何[なん]かご質問[しつもん]はございますか」
老人[ろうじん]は振り向き[ふりむき]、少し[すこし]驚い[おどろい]た様子[ようす]を見せ[みせ]た。それから、慎重[しんちょう]に言葉[ことば]を選ぶ[えらぶ]ように口[くち]を開い[ひらい]た。「この面[めん]の入手[にゅうしゅ]経緯[けいい]を、教え[おしえ]ていただけますか」
「地方[ちほう]の旧家[きゅうか]から出[で]たものです。詳細[しょうさい]な来歴[らいれき]は目録[もくろく]に記載[きさい]してあります」
老人[ろうじん]は黙っ[だまっ]てケースを見つめ[みつめ]た。その横顔[よこがお]に、都[と]は何[なん]かを読み取ろう[よみとろう]とした。懐かし[なつかし]さ、あるいは痛み[いたみ]のようなもの。
「裏[うら]に名前[なまえ]がある」と老人[ろうじん]は、独り言[ひとりごと]のように言っ[いっ]た。「刻印[こくいん]の隣[となり]に」
都[と]は答える[こたえる]前[まえ]に、老人[ろうじん]の顔[かお]を正面[しょうめん]から見[み]た。「ご存じ[ごぞんじ]だったのですか」
老人[ろうじん]はゆっくりと視線[しせん]を移し[うつし]、都[と]の目[め]を見[み]た。「私[わたくし]の祖母[そぼ]の名[な]です」

都[と]は老人[ろうじん]——田中[たなか]誠一[せいいち]と名乗っ[なのっ]た——を、小さな[ちいさな]応接室[おうせつしつ]に案内[あんない]した。
「祖母[そぼ]の名[な]は節子[せつこ]といいました」と田中[たなか]は言っ[いっ]た。紅茶[こうちゃ]のカップを両手[りょうて]で包み[つつみ]ながら。「明治[めいじ]の終わり[おわり]に生まれ[うまれ]、父親[ちちおや]の面[めん]打[だ]師[し]のもとで育ち[そだち]ました。幼い[おさない]ころから制作[せいさく]を手伝い[てつだい]、二十歳[はたち]を過ぎる[すぎる]ころには、父[ちち]よりも腕[うで]が立つ[たつ]ほどになっていたと聞い[きい]ています」
「橘[たちばなの]源三郎[げんざぶろう]の娘[むすめ]さん、ということですか」
「そうです。しかし当時[とうじ]、女性[じょせい]が面[めん]打[だ]師[し]として認め[みとめ]られることはなかった。作っ[つくっ]た面[めん]は、すべて父[ちち]の名[な]で世[よ]に出[で]た」田中[たなか]は少し[すこし]間[あいだ]を置い[おい]た。「祖母[そぼ]は何[なん]も言わ[いわ]なかったそうです。ただ、自分[じぶん]が心[こころ]を込め[こめ]て作っ[つくっ]た面[めん]には、こっそり名前[なまえ]を刻ん[きざん]だ」
「それを、どうやって確かめ[たしかめ]られますか」と都[と]は聞い[きい]た。感情[かんじょう]ではなく、事実[じじつ]として。

田中[たなか]はコートの内[うち]ポケットから、折りたたん[おりたたん]だ紙[かみ]を取り出し[とりだし]た。「祖母[そぼ]が晩年[ばんねん]に書い[かい]た手紙[てがみ]があります。若[わか]女[おんな]の面[めん]を三[さん]枚[まい]作り[つくり]、それぞれの裏[うら]に自分[じぶん]の名[な]を刻ん[きざん]だと書い[かい]てある」
都[と]はコピーを受け取り[うけとり]、内容[ないよう]を読ん[よん]だ。文体[ぶんたい]は古風[こふう]で、書き言葉[かきことば]の節制[せっせい]があった。しかしその節制[せっせい]の中[なか]に、隠し[かくし]きれない誇り[ほこり]があった。

「この面[めん]の出品者[しゅっぴんしゃ]に連絡[れんらく]を取ら[とら]せてください」と都[と]は言っ[いっ]た。「それと、明日[あす]の競売[きょうばい]の前[まえ]に、社[しゃ]の担当者[たんとうしゃ]と相談[そうだん]したいことがあります」
田中[たなか]は立ち上がり[たちあがり]、深く[ふかく]頭[あたま]を下げ[さげ]た。「お願い[ねがい]します。私[わたくし]はこの面[めん]を買い戻し[かいもどし]たい。しかし、それよりも大切[たいせつ]なことがある。せめて、誰[だれ]かに——一人[ひとり]でいい——本当[ほんとう]のことを知っ[しっ]てほしいのです」

翌日[よくじつ]の競売[きょうばい]で、能面[のうめん]の番[ばん]が来[き]た。
司会者[しかいしゃ]は通常[つうじょう]通り[とおり]、「橘[たちばなの]源三郎[げんざぶろう]作[さく]・若[わか]女面[おんなめん]」として紹介[しょうかい]し始め[はじめ]た。しかし続け[つづけ]て、一[いち]文[ぶん]を加え[くわえ]た。「なお本面[ほんめん]については、面[めん]打[だ]師[し]橘[たちばなの]節子[せつこ]による制作[せいさく]の可能性[かのうせい]を示す[しめす]資料[しりょう]が新た[あらた]に発見[はっけん]されており、蒼[あおい]月[つき]堂[どう]はその調査[ちょうさ]を進め[すすめ]ております」
会場[かいじょう]がわずかに動い[うごい]た。数人[かずひと]が顔[かお]を上げ[あげ]、メモを取り[とり]始め[はじめ]た。
田中[たなか]誠一[せいいち]は後方[こうほう]の席[せき]にいた。

競売[きょうばい]は始まり[はじまり]、価格[かかく]は上がっ[あがっ]ていった。田中[たなか]も静か[しずか]に札[さつ]を上げ[あげ]続け[つづけ]た。最終的[さいしゅうてき]に、田中[たなか]は他[た]の入札[にゅうさつ]者[しゃ]に競り負け[せりまけ]た。面[めん]は、関西[かんさい]の美術館[びじゅつかん]の代理人[だいりにん]が落札[らくさつ]した。
閉会[へいかい]後[ご]、都[と]は田中[たなか]のところに歩み寄っ[あゆみよっ]た。何[なん]と言う[ゆう]べきか、まだ決め[きめ]ていなかった。
田中[たなか]は穏やか[おだやか]な表情[ひょうじょう]をしていた。予想[よそう]より、ずっと穏やか[おだやか]に。
「落札[らくさつ]されましたが……」と都[と]は言いかけ[いいかけ]た。
「知っ[しっ]ています」と田中[たなか]は言っ[いっ]た。「でも、美術館[びじゅつかん]なら多く[おおく]の人[ひと]が見る[みる]。祖母[そぼ]の名[な]が記録[きろく]に残る[のこる]。それで十分[じゅうぶん]です」彼[かれ]は少し[すこし]微笑ん[ほほえん]だ。「今日[きょう]ここで、あなたが公[おおやけ]に言っ[いっ]てくれた。それが一番[いちばん]、大切[たいせつ]なことでした」
都[と]は何[なん]も言わ[いわ]なかった。ただ、一度[いちど]だけ頷い[うなずい]た。

帰り道[かえりみち]、都[と]は面[めん]の裏[うら]に彫ら[ほら]れた「節子[せつこ]」という字[じ]を思っ[おもっ]た。細く[ほそく]、丁寧[ていねい]に、誰[だれ]かに見つけ[みつけ]てもらうことを、長い[ながい]時間[じかん]待っ[まっ]ていた字[じ]。
それが今日[きょう]、やっと声[こえ]になった。