田中[たなか]健司[けんじ]は昨夜[さくや]から一人[ひとり]でロードバイクを走ら[はしら]せていた。今日[きょう]のルートは山[やま]の中[なか]の細い[ほそい]国道[こくどう]を北[きた]へ向かう[むかう]ものだった。小さな[ちいさな]無人駅[むじんえき]を見つけ[みつけ]て、少し[すこし]休もう[やすもう]と自転車[じてんしゃ]を止め[とめ]た。駅舎[えきしゃ]の中[なか]に入る[はいる]と、木[き]のベンチと古い[ふるい]駅[えき]ノートがあった。何気[なにげ]なくページをめくると、今日[きょう]の日付[ひづけ]の書き込み[かきこみ]が目[め]に入っ[はいっ]た。
ちょっと聞い[きい]ていいか
どうしたの?
何[なん]かあった?
無人駅[むじんえき]で休ん[やすん]でいる
駅[えき]ノートに今日[きょう]の日付[ひづけ]で書き込み[かきこみ]があった
俺[おれ]のことが書い[かい]てある
え?どういうこと
そのまま読む[よむ]
「青緑[あおみどり]のジャージの男性[だんせい]が自転車[じてんしゃ]で来[き]た。50代[だい]くらい。国道[こくどう]から来[き]て、峠[とうげ]の方向[ほうこう]へ行っ[いっ]た。次[つぎ]は川[かわ]の橋[はし]を渡る[わたる]だろう。」
サインは「?」だけ
...マジか
こわい😨
橋[はし]って、これから渡る[わたる]予定[よてい]の橋[はし]か?
そう
でも橋[はし]のことは昨日[きのう]の夜[よる]に自分[じぶん]で決め[きめ]た。誰[だれ]にも言っ[いっ]てない
誰[だれ]かがずっとついてきてたんじゃないの?!
それか最初[さいしょ]からルートを知っ[しっ]てたか
今[いま]、駅[えき]の外[そと]には誰[だれ]もいない
とても静か[しずか]だ
健司[けんじ]さん、今[いま]すぐ帰れる[かえれる]?
最終[さいしゅう]列車[れっしゃ]を確認[かくにん]した。あと一[いち]時間[じかん]ちょっとある
ノートの書き込み[かきこみ]の時間[じかん]は?
朝[あさ]の9時[じ]
でも俺[おれ]がここに来[き]たのは3時[じ]すぎだ
じゃあ書い[かい]た人[ひと]はもういない
6時間[じかん]前[まえ]に書い[かい]てどこかへ行っ[いっ]たんだ
そうなる...
他[ほか]の書き込み[かきこみ]はあるか?
ある。昨日[きのう]と一昨[いっさく]日[ひ]の分[ぶん]
でも今日[きょう]は、これだけだ
筆跡[ひっせき]は?
落ち着い[おちつい]た字[じ]だ。急い[いそい]で書い[かい]た感じ[かんじ]じゃない
写真[しゃしん]を送る[おくる]
待合室[まちあいしつ]の中[なか]。古い[ふるい]木[き]のベンチの上[うえ]に、小さな[ちいさな]駅[えき]ノートが置い[おい]てある。
ノート、持っ[もっ]て帰れる[かえれる]?
駅[えき]のものだから持っ[もっ]て帰れ[かえれ]ない
ちょっと待っ[まっ]て
昨日[きのう]、クラブのグループに明日[あす]のルートの地図[ちず]を上げ[あげ]たよな?
あ、上げ[あげ]た
でも橋[はし]のことは書い[かい]てない
でも地図[ちず]に道[みち]は写っ[うつっ]てたろ。この辺[へん]は橋[はし]を渡ら[わたら]ないと進め[すすめ]ない
...それは確か[たしか]だ
クラブに地元[じもと]の知り合い[しりあい]がいるんじゃないか。先[さき]にここに来[き]て書い[かい]ていった
でもなんで6時間[じかん]も前[まえ]に書い[かい]たの?
待っ[まっ]てないだろ。書い[かい]てから先[さき]へ行っ[いっ]たんだ
先回り[さきまわり]して書く[かく]のが面白かっ[おもしろかっ]たんじゃないか 笑[わらい]
全然[ぜんぜん]笑え[わらえ]ない!
ちょっと外[そと]を見[み]てくる
健司[けんじ]はホームに出[で]た。山[やま]の上[うえ]に夕方[ゆうがた]の光[ひかり]が当たっ[あたっ]ていた。空気[くうき]が冷たく[つめたく]なっていた。ホームの端[はし]まで歩い[あるい]ていくと、遠く[とおく]に人[ひと]の影[かげ]があった。
誰[だれ]かいる
えっ!!
ホームの端[はし]に人[ひと]が立っ[たっ]てる
こっちを見[み]てる気[き]がする
列車[れっしゃ]を待っ[まっ]てる人[ひと]じゃないか
動か[うごか]ない
手[て]を振っ[ふっ]てみた
...歩い[あるい]て行っ[いっ]た。もういない
どっちへ?
駅[えき]の外[そと]へ出[で]た。見え[みえ]なくなった
追いかけ[おいかけ]ないで
追いかけ[おいかけ]ない
でも列車[れっしゃ]を待つ[まつ]なら、なぜ出[で]て行っ[いっ]たんだろう
お前[おまえ]に気づい[きづい]て恥ずかしく[はずかしく]なったんじゃないか 笑[わらい]
そうかもしれない
でも、少し[すこし]変[へん]な感じ[かんじ]がした
自転車[じてんしゃ]を輪行[りんこう]袋[ふくろ]に入れ[いれ]た
よかった!!絶対[ぜったい]に乗っ[のっ]て
お疲れ[つかれ]
うん
でも今[いま]、ノートをもう一度[いちど]読ん[よん]でいる
何[なん]か新しい[あたらしい]ことがあったか?
ある
一番[いちばん]最後[さいご]のページに、別[べつ]の書き込み[かきこみ]があった
さっきは気づか[きづか]なかった
なんて書い[かい]てある
「このノートを読ん[よん]だ人[ひと]へ。あなたのことが見え[みえ]ています。それだけです。」
😨😨
...
それは誰[だれ]に向け[むけ]た言葉[ことば]だ
わからない
俺[おれ]に向け[むけ]たのかもしれない。でも前[まえ]からそこに書い[かい]てあったのかもしれない
列車[れっしゃ]が来[き]た音[おと]がする
乗っ[のっ]て!!
乗り[のり]ます
よかった😭 ゆっくり帰っ[かえっ]てきてね
お疲れ[つかれ]。帰っ[かえっ]てきたら話そう[はなそう]
うん
でも一[ひと]つだけ、まだ気[き]になることがある
なに
ノートに「青緑[あおみどり]のジャージ」と書い[かい]てあった
そうだろ
このジャージは今日[きょう]、初めて[はじめて]着[き]た
昨日[きのう]の地図[ちず]の写真[しゃしん]には写っ[うつっ]ていない
それは
説明[せつめい]できないな
そうだろ
健司[けんじ]さん、もう一人[ひとり]では行か[いか]ないで😭
...考える[かんがえる]
列車[れっしゃ]は山[やま]を出[で]て、暗い[くらい]平野[へいや]の中[なか]を走っ[はしっ]た。健司[けんじ]は窓[まど]の外[そと]を見[み]ていた。誰[だれ]かのいたずらだったかもしれない。でも、確かめる[たしかめる]ことはもうできなかった。