Kvinden, der dansede Awa Odori i halvfjerds år
B1 · Culture & Travel
八月の徳島は、まるで炎の中にいるようだった。
中西さくらは、汗をふきながら古い路地を歩いていた。彼女は雑誌の記者で、今日は特別な取材のために徳島に来ていた。取材の相手は、浜本君江——阿波踊りを七十年以上踊り続けている、八十二歳の女師匠だ。
「七十年以上か……」と、さくらは心の中で思った。自分が生まれる前から踊っているなんて、信じられない。
君江の自宅は、商店街の裏にある小さな稽古場だった。さくらがドアを開けると、三味線の音が聞こえてきた。中に入ると、一人の小さなお婆さんが鏡の前に立っていた。白い浴衣を着て、ゆっくりと腕を動かしている。
「浜本君江さんですか?」とさくらは声をかけた。
お婆さんは振り向いた。目が鋭くて、まるで鷹のようだった。
「そうですよ。あなたが取材の人ね」
さくらは少し緊張した。でも、インタビューを始めながら、不思議なことに気がついた。君江の言葉は短くて、笑わないし、「有名な師匠」という感じがまったくしない。ただ、踊りの話になると、目が変わった。
「踊りは、楽しいですか?」とさくらは聞いた。
君江は少し間をおいた。
「楽しい?」彼女はくり返した。「さくらさん、あなたは空を飛ぶのは楽しいと思いますか?」
「え?」
「鳥は、飛ぶことを楽しんでいるわけじゃない。飛ぶのが自分だから、飛ぶんです。私にとって、踊りはそういうものです」
さくらはそれを書き留めながら、もう少し深く考えた。七十年間、毎年八月になると、この人は踊ってきた。戦争が終わった後も、夫が亡くなった年も、足を怪我した時も。
「足を怪我したとき、踊れなかった期間がありましたよね?」とさくらは確認した。
「三ヶ月ね」と君江は言った。「あの三ヶ月は、本当につらかった。踊れないということは、自分が半分消えてしまうみたいだった」
夕方になると、稽古場に若い弟子たちが集まってきた。高校生から三十代まで、十人ほどいる。さくらは隅に座って、稽古を見ることにした。
弟子たちが踊り始めた瞬間、稽古場の雰囲気がまったく変わった。三味線と太鼓の音が重なって、空気が震えるようだった。
「こらっ!肘が死んでいる!踊りは指の先まで生きていないといけない!」
君江の声は、インタビューのときより何倍も大きくて、力強かった。さくらは思わず背筋を伸ばした。
一時間後、君江は自分でも踊りの手本を見せた。
さくらはその瞬間を一生忘れないと思った。
八十二歳の小さな体が、音楽に合わせて動き出した瞬間、何かが変わった。重力を無視しているわけではないのに、足が床から離れているように見えた。腕の動きは波のようで、顔には穏やかな、しかし深い表情が浮かんでいた。それは「楽しい」という顔ではなかった。もっと静かで、もっと本物の何かだった。
稽古が終わって、弟子たちが帰った後、さくらは最後の質問をした。
「来年も踊りますか?」
「もちろん」と君江はすぐに答えた。「来年も、再来年も。足が動く限り」
さくらはノートを閉じながら、なんとなく目が熱くなるのを感じた。理由はうまく説明できなかった。でも、駅に向かいながら、彼女はこう思った。
七十年間、同じことを続けるのは、「がんばっている」のではない。それが自分だから、続けているだけだ——と。
夏の夜、遠くから太鼓の音が聞こえてきた。