10月[がつ]、木曜[もくよう]の夜[よる]、グループチャット「美雪[みゆき]・お母さん[おかあさん]・香織[かおり]」を新規[しんき]作成[さくせい]
残業[ざんぎょう]を終え[おえ]た美雪[みゆき]がマンションに戻る[もどる]と、郵便受け[ゆうびんうけ]の中[なか]に茶色い[ちゃいろい]クッション封筒[ふうとう]が一[いち]通[つう]あった。表[ひょう]には美雪[みゆき]の名前[なまえ]と住所[じゅうしょ]が丁寧[ていねい]な手書き[てがき]文字[もじ]で記さ[しるさ]れていたが、差出人[さしだしにん]の欄[らん]はからっぽだった。部屋[へや]に入っ[はいっ]て開ける[あける]と、中[なか]から薄[うす]黄色[きいろ]の古い[ふるい]ノートが出[で]てきた。表紙[ひょうし]に貼ら[はら]れた色褪せ[いろあせ]た花[はな]のシールを見[み]た瞬間[しゅんかん]、美雪[みゆき]の手[て]が止まっ[とまっ]た。
お母さん[おかあさん]と香織[かおり]ちゃん、急[きゅう]にグループ作っ[つくっ]てごめん
でも誰[だれ]かに話さ[はなさ]ないと頭[あたま]がおかしくなりそうで
え、どうしたの?😳
何[なん]かあった?
今日[きょう]帰っ[かえっ]たら郵便受け[ゆうびんうけ]に封筒[ふうとう]が入っ[はいっ]てた
差出人[さしだしにん]なし
開け[あけ]たら、中[なか]に私[わたくし]と木下[きのした]さくらちゃんが書い[かい]てた交換[こうかん]日記[にっき]が入っ[はいっ]てた
さくらちゃん…
小3[しょうさん]のときに急[きゅう]に引越し[ひっこし]した、あのさくらちゃん!?
そう
ちょっと待っ[まっ]て
美雪[みゆき]?
さくらちゃんの日記[にっき]というのは
もしかして、表紙[ひょうし]に花[はな]のシールが貼っ[はっ]てあるノートのこと?
お母さん[おかあさん]知っ[しっ]てるの?
知っ[しっ]ているというか…
少し[すこし]、心当たり[こころあたり]がないわけではなくて
先[さき]に日記[にっき]の話[はなし]を聞い[きい]てほしい
薄[うす]黄色[きいろ]の表紙[ひょうし]の古い[ふるい]ノート、色褪せ[いろあせ]た花[はな]のシールが貼っ[はっ]てある、フローリングの床[ゆか]の上[うえ]に置か[おか]れている
これ
私[わたくし]の記憶[きおく]では、さくらちゃんが引越す[ひっこす]ときに向こう[むこう]が持っ[もっ]ていったはず
それが今日[きょう]、うちに届い[とどい]た
うわ本物[ほんもの]だ…
そのシール、覚え[おぼえ]てる
後ろ[うしろ]のページを開け[あけ]たら
見知ら[みしら]ない筆跡[ひっせき]で、新しく[あたらしく]書き込み[かきこみ]があった
は!?
日付[ひづけ]は今年[ことし]の9月[がつ]
何[なん]が書い[かい]てあったの。
書き写す[かきうつす]ね
「美雪[みゆき]へ。あなたが今[いま]でも富山[とやま]にいることを知っ[しっ]て、嬉しかっ[うれしかっ]た。冬[ふゆ]、寒い[さむい]でしょう。」
富山[とやま]にいること"を知っ[しっ]て"って
どうやって知っ[しっ]たの
続き[つづき]がある
「税務[ぜいむ]課[か]の仕事[しごと]、大変[たいへん]じゃない?毎日[まいにち]数字[すうじ]と向き合っ[むきあっ]ているあなたの姿[すがた]を想像[そうぞう]すると、あの頃[ころ]と全然[ぜんぜん]変わっ[かわっ]てない気[き]がする。」
ちょっと待っ[まっ]て待っ[まっ]て待っ[まっ]て
税務[ぜいむ]課[か]って具体的[ぐたいてき]すぎない?😨
私[わたくし]のSNSにはそんなこと書い[かい]てない
市[し]のホームページにも私[わたくし]の名前[なまえ]は出[で]てない
じゃあ…
ねえ美雪[みゆき]
さくらちゃんが書い[かい]た可能性[かのうせい]はあるけど
住所[じゅうしょ]も職業[しょくぎょう]も、子供[こども]のときに知る[しる]情報[じょうほう]じゃないよね
うん
今[いま]の美雪[みゆき]のことを知っ[しっ]てる誰[だれ]かが書い[かい]たってことで
職場[しょくば]の人[ひと]とか、近所[きんじょ]とか…?
それは考え[かんがえ]たくない
ごめん、でも住所[じゅうしょ]まで知っ[しっ]てるって
正直[しょうじき]怖い[こわい]😨
美雪[みゆき]
お母さん[おかあさん]
まだ続き[つづき]があったら読ん[よん]でみて。
うん、もう一[いち]か所[かしょ]ある
「あごの左側[ひだりがわ]にある小さな[ちいさな]ほくろ、まだある?私[わたくし]はずっと、それを覚え[おぼえ]ている。次[つぎ]は手紙[てがみ]じゃなくて、ちゃんと声[こえ]で話し[はなし]たい。」
…
そのほくろは、さくらちゃんが小さい[ちいさい]ころから知っ[しっ]ていたものね。
じゃあやっぱりさくらちゃんが書い[かい]た?
でも富山[とやま]と税務[ぜいむ]課[か]は子供[こども]のときの情報[じょうほう]じゃないし
お母さん[おかあさん]
「心当たり[こころあたり]」って何[なん]
既読[きどく]。返信[へんしん]がこない。
陽子[ようこ]さん?
さらに数[すう]分[ふん]が過ぎる[すぎる]
ごめんなさい
告白[こくはく]しないといけないことがあって。
…聞か[きか]せて
今年[ことし]の7月[がつ]に
高岡[たかおか]の七夕まつり[たなばたまつり]で
さくらちゃんのお母さん[おかあさん]、木下[きのした]さんにばったり会っ[あっ]たの。
え!
20年[ねん]以上[いじょう]ぶりで、本当[ほんとう]に驚い[おどろい]てしまって。
そのとき木下[きのした]さんが
さくらちゃんが美雪[みゆき]のことをずっと探し[さがし]ていると言っ[いっ]てくれて
え
嬉しく[うれしく]なってしまって
美雪[みゆき]が富山市[とやまし]で元気[げんき]にしていることと
お仕事[しごと]のことを少し[すこし]話し[はなし]てしまったの。
お母さん[おかあさん]…
すぐに美雪[みゆき]に伝えよう[つたえよう]と思っ[おもっ]てた。
でもどう言え[いえ]ばいいかわからなくて
そうしているうちに、もう10月[がつ]になってしまって。
陽子[ようこ]さん…
なんで黙っ[だまっ]てたの
ごめんなさい。
美雪[みゆき]がもうさくらちゃんのことは諦め[あきらめ]ていると思っ[おもっ]ていたから
余計[よけい]なことを言っ[いっ]て傷つけ[きずつけ]たくなかった。
傷つける[きずつける]?
私[わたくし]がどれだけ探し[さがし]たか知っ[しっ]てる?
高校[こうこう]のときも、大学[だいがく]のときも、何度[なんど]も「木下[きのした]さくら」で検索[けんさく]したよ
美雪[みゆき]
ごめん
お母さん[おかあさん]を責め[せめ]たいわけじゃない
ただ、混乱[こんらん]してる
あの…美雪[みゆき]、聞こえ[きこえ]てる?お母さん[おかあさん]ね、本当[ほんとう]に、申し訳[もうしわけ]なかったと思っ[おもっ]てる。木下[きのした]さんと話し[はなし]たとき、さくらちゃんがずっと美雪[みゆき]のことを心配[しんぱい]してたって聞い[きい]て、つい話し[はなし]てしまったの。さくらちゃんはあの引越し[ひっこし]のこと、今[いま]もずっと気[き]にしてるって。急[きゅう]にお父さん[おとうさん]の転勤[てんきん]が決まっ[きまっ]て、お別れ[わかれ]も言え[いえ]ないまま引越し[ひっこし]になったって。だから…美雪[みゆき]に謝り[あやまり]たかったんだって。
陽子[ようこ]さん泣い[ない]てる…😢
お母さん[おかあさん]
ちゃんと聞こえ[きこえ]てる
ちょっとだけ深呼吸[しんこきゅう]する
数[すう]分[ふん]後[ご]
日記[にっき]の最後[さいご]のページ
まだ読ん[よん]でなかった部分[ぶぶん]があった
何[なん]て書い[かい]てあるの
「もし気[き]が向い[むい]たら、連絡[れんらく]してください。さくらより。」
そのあとにLINEのIDが書い[かい]てある
😭😭
既読[きどく]。返信[へんしん]なし。一[いち]分[ふん]が過ぎる[すぎる]。
香織[かおり]ちゃん、聞い[きい]てもいい
何[なん]でも
さくらちゃんが引越し[ひっこし]たとき、私[わたくし]一[いち]週間[しゅうかん]くらいずっと泣い[ない]てたじゃん
給食[きゅうしょく]のときも泣い[ない]てたって、前[まえ]に言っ[いっ]てたよね
覚え[おぼえ]てるよ
先生[せんせい]も困っ[こまっ]てたよね笑[わらい]
私[わたくし]も正直[しょうじき]、どうしたらいいかわからなかった
そっか
覚え[おぼえ]ててくれる人[ひと]がいるんだね
美雪[みゆき]
連絡[れんらく]しなくてもいいのよ。
あなたが決める[きめる]ことだから。
うん、わかってる
でも
「次[つぎ]は手紙[てがみ]じゃなくて、ちゃんと声[こえ]で話し[はなし]たい」って書い[かい]てあったじゃない
うん
私[わたくし]も、同じ[おなじ]気持ち[きもち]だなって思っ[おもっ]た
そっか☺️
連絡[れんらく]してみる
うん!!
よかった。
美雪[みゆき]、本当[ほんとう]にごめんなさいね。
お母さん[おかあさん]
怒っ[おこっ]てないよ
ただ、次[つぎ]は先[さき]に教え[おしえ]てね
ええ、必ず[かならず]。
ありがとう。
なんか私[わたくし]もらい泣き[もらいなき]してる😭
一応[いちおう]仕事中[しごとちゅう]なんだけど笑[わらい]
え、仕事中[しごとちゅう]だったの!
まあいっか
大事[だいじ]なことだから
美雪[みゆき]はグループチャットを閉じ[とじ]て、古い[ふるい]日記[にっき]をもう一度[いちど]手[て]に取っ[とっ]た。最後[さいご]のページに書か[かか]れた小さな[ちいさな]IDを、静か[しずか]に画面[がめん]に打ち込ん[うちこん]だ。二十[にじゅう]年[ねん]分[ぶん]の空白[くうはく]が、少し[すこし]、動き始め[うごきはじめ]た気[き]がした。