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Η νύχτα που έσπασε η τρίτη χορδή του τσουγκαρού σαμισέν

工藤[くどう]はるかは、青森県[あおもりけん]の小さな[ちいさな]町[まち]で育っ[そだっ]た。祖父[そふ]は津軽[つがる]三味[しゃみ]線[せん]の先生[せんせい]だった。はるかは十[じゅう]歳[さい]のときから、毎日[まいにち]祖父[そふ]と練習[れんしゅう]した。

「強く[つよく]弾く[ひく]だけではだめだ。音[おと]と音[おと]の間[あいだ]も聞き[きき]なさい」

祖父[そふ]はいつもそう言っ[いっ]た。でも、若い[わかい]はるかには、その意味[いみ]がよく分から[わから]なかった。

二十二[にじゅうに]歳[さい]の冬[ふゆ]、はるかに大きな[おおきな]チャンスが来[き]た。青森市[あおもりし]の音楽会[おんがくかい]で演奏[えんそう]することになったのだ。ラジオ局[らじおきょく]の人[ひと]も来る[くる]予定[よてい]だった。よい演奏[えんそう]ができれば、東京[とうきょう]の番組[ばんぐみ]に出[で]られるかもしれない。

音楽会[おんがくかい]の夜[よる]、外[そと]では強い[つよい]雪[ゆき]が降っ[ふっ]ていた。会場[かいじょう]には三百[さんひゃく]人[にん]の客[きゃく]がいた。はるかの手[て]は冷たく[つめたく]、少し[すこし]震え[ふるえ]ていた。

舞台[ぶたい]に出る[でる]前[まえ]、祖父[そふ]は言っ[いっ]た。

「三味線[しゃみせん]と戦う[たたかう]な。三味線[しゃみせん]と一緒[いっしょ]に話せ[はなせ]」

はるかは静か[しずか]にうなずいた。

演奏[えんそう]が始まっ[はじまっ]た。最初[さいしょ]の音[おと]は強く[つよく]、明るかっ[あかるかっ]た。客[きゃく]はすぐに静か[しずか]になった。はるかは速く[はやく]弾い[ひい]た。音[おと]は雪[ゆき]の中[なか]を走る[はしる]風[かぜ]のようだった。

しかし、曲[きょく]の真ん中[まんなか]で、大きな[おおきな]音[おと]がした。

パン!

三[さん]本[ぽん]目[め]の糸[いと]が切れ[きれ]た。

会場[かいじょう]は急[きゅう]に静か[しずか]になった。はるかの顔[かお]は赤く[あかく]なった。曲[きょく]はまだ半分[はんぶん]以上[いじょう]残っ[のこっ]ていた。ここでやめたら、東京[とうきょう]の番組[ばんぐみ]に出る[でる]チャンスもなくなるかもしれない。

舞台[ぶたい]の横[よこ]から、係[かかり]の人[ひと]が小さな[ちいさな]声[こえ]で聞い[きい]た。

「終わり[おわり]にしますか?」

はるかは答え[こたえ]なかった。残っ[のこっ]た二[に]本[ぽん]の糸[いと]を見[み]て、祖父[そふ]の言葉[ことば]を思い出し[おもいだし]た。

「音[おと]と音[おと]の間[あいだ]も聞き[きき]なさい」

はるかはもう一度[いちど]、ばちを上げ[あげ]た。今度[こんど]はゆっくり弾き[ひき]始め[はじめ]た。二[に]本[ぽん]の糸[いと]で、曲[きょく]を少し[すこし]変え[かえ]たのだ。音[おと]がない時間[じかん]も、音楽[おんがく]の一部[いちぶ]になった。

客[きゃく]の中[なか]で、誰[だれ]かが泣い[ない]ていた。最後[さいご]の音[おと]が消える[きえる]と、長い[ながい]静けさ[しずけさ]があった。それから、大きな[おおきな]拍手[はくしゅ]が起こっ[おこっ]た。

演奏[えんそう]のあと、ラジオ局[らじおきょく]の人[ひと]がはるかに言っ[いっ]た。

「完璧[かんぺき]ではありませんでした。でも、忘れ[わすれ]られない演奏[えんそう]でした」

その春[はる]、はるかは東京[とうきょう]のラジオ番組[ばんぐみ]に出[で]た。その後[ご]、津軽[つがる]三味[しゃみ]線[せん]の演奏者[えんそうしゃ]として、日本[にっぽん]の多く[おおく]の町[まち]を回っ[まわっ]た。

はるかは、あの夜[よる]に切れ[きれ]た糸[いと]を小さな[ちいさな]箱[ばこ]に入れ[いれ]、長い[ながい]間[あいだ]持っ[もっ]ていた。

「失敗[しっぱい]の思い出[おもいで]ですか」と聞か[きか]れると、彼女[かのじょ]は笑っ[わらっ]た。

「いいえ。初めて[はじめて]三味線[しゃみせん]と話し[はなし]た夜[よる]の思い出[おもいで]です」