A nyolcszáz évet élt apáca, aki végül egy barlangot választott
B1 · Myths & Legends
春[はる]のある朝[あさ]、若い[わかい]旅人[たびびと]のミカは、海[うみ]に面し[めんし]た細い[ほそい]崖道[がけみち]を歩い[あるい]ていた。すると、大きな[おおきな]岩[いわ]のそばに、白い[しろい]着物[きもの]を着[き]た女性[じょせい]が静か[しずか]に座っ[すわっ]ていた。顔[かお]は若く[わかく]、髪[かみ]は白く[しろく]、目[め]の中[なか]には深く[ふかく]て暗い[くらい]何[なん]かが宿っ[やどっ]ていた。
「旅[たび]のお方[かた]、少し[すこし]だけ話し[はなし]相手[あいて]になってもらえませんか」。声[こえ]は穏やか[おだやか]だったが、その言葉[ことば]にはミカを引き止める[ひきとめる]力[ちから]があった。ミカは近く[ちかく]の石[いし]に腰[こし]を下ろし[おろし]た。「どこへ行か[いか]れるのですか」とミカは聞い[きい]た。女性[じょせい]は海[うみ]を見つめ[みつめ]たまま答え[こたえ]た。「どこへも行き[いき]ません。今日[きょう]、この洞窟[どうくつ]の中[なか]に入る[はいる]つもりです。ずっと眠る[ねむる]ために」。ミカは心配[しんぱい]になった。「具合[ぐあい]が悪い[わるい]のですか」。「いいえ」と女性[じょせい]は静か[しずか]に言っ[いっ]た。「わたしは八百[はちひゃく]年[ねん]生き[いき]ました」。
ミカは思わ[おもわ]ず笑い[わらい]そうになった。しかし、女性[じょせい]の目[め]を見[み]て、笑え[わらえ]なかった。その目[め]は、冗談[じょうだん]を言う[いう]目[め]ではなかった。「……本当[ほんとう]のことですか」。女性[じょせい]はゆっくりうなずいた。「若い[わかい]頃[ころ]、父[ちち]が宴[えん]から帰る[かえる]とき、珍しい[めずらしい]魚[さかな]の肉[にく]を持ち帰り[もちかえり]ました。父[ちち]は食べ[たべ]ませんでしたが、わたしは食べ[たべ]てしまいました。後[あと]になって、それが人魚[にんぎょ]の肉[にく]だったと知り[しり]ました。その日[ひ]からわたしは年[とし]を取ら[とら]なくなったのです」。
ミカは息[いき]をのんだ。「不老不死[ふろうふし]……」。 「そうです。最初[さいしょ]の百[ひゃく]年[ねん]は、確か[たしか]に楽しい[たのしい]こともありました。でも、友[とも]が死に[しに]ました。家族[かぞく]が死に[しに]ました。愛し[あいし]た人[ひと]も、みんな死に[しに]ました。わたしだけが残さ[のこさ]れました」。女性[じょせい]の声[こえ]は静か[しずか]だったが、その重さ[おもさ]はミカにも伝わっ[つたわっ]た。「百[ひゃく]年[ねん]が三百[さんひゃく]年[ねん]になり、五百[ごひゃく]年[ねん]になりました。この国[くに]が何度[なんど]も変わる[かわる]のを見[み]ました。戦[いくさ]があり、平和[へいわ]があり、また戦[いくさ]がありました。でもわたしにとって、時間[じかん]はただ長い[ながい]だけでした。美しい[うつくしい]ものを見[み]ても、心[こころ]が動か[うごか]なくなっていました」。
「では、なぜ今日[きょう]なのですか」とミカは聞い[きい]た。「八百[はちひゃく]年[ねん]生き[いき]て、なぜ今日[きょう]この洞窟[どうくつ]を選ん[えらん]だのですか」。女性[じょせい]はそこで、初めて[はじめて]微笑ん[ほほえん]だ。「今朝[けさ]、梅[うめ]の花[はな]を見[み]ました。三百[さんひゃく]年[ねん]前[まえ]にも、五百[ごひゃく]年[ねん]前[まえ]にも見[み]たことのある、同じ[おなじ]梅[うめ]の花[はな]です。でも今朝[けさ]は……美しい[うつくしい]と感じ[かんじ]ました。本当[ほんとう]に、心[こころ]の中[なか]で動く[うごく]ものがありました」。
女性[じょせい]は続け[つづけ]た。「八百[はちひゃく]年間[ねんかん]、感じ[かんじ]られなかったものが、今朝[けさ]は感じ[かんじ]られた。それはきっと、終わり[おわり]が近い[ちかい]というしるしだと思い[おもい]ます。やっと、終わっ[おわっ]ていいのだと」。ミカは何[なん]も言え[いえ]なかった。「永遠[えいえん]に生きる[いきる]ことは、贈り物[おくりもの]ではありませんでした」と女性[じょせい]は言っ[いっ]た。「でも、今日[きょう]の朝[あさ]は贈り物[おくりもの]でした」。
女性[じょせい]はゆっくりと立ち上がり[たちあがり]、洞窟[どうくつ]の暗い[くらい]入り口[いりぐち]へ向かっ[むかっ]た。そして振り返り[ふりかえり]、ミカに聞い[きい]た。「あなたも、梅[うめ]の花[はな]を見[み]たことがありますか」。「はい」とミカは小さな[ちいさな]声[こえ]で答え[こたえ]た。「よかった。ずっと美しい[うつくしい]と感じ[かんじ]られるといいですね」。
女性[じょせい]は洞窟[どうくつ]の中[なか]へ消え[きえ]ていった。ミカはその場[ば]に立っ[たっ]たまま、しばらく動け[うごけ]なかった。やがて、洞窟[どうくつ]の中[なか]からかすかな花[はな]の香り[かおり]がした。ミカはその日[ひ]、道[みち]に落ち[おち]ていた梅[うめ]の小枝[こえだ]を一[いち]本[ぽん]拾っ[ひろっ]て、洞窟[どうくつ]の入り口[いりぐち]に置い[おい]た。それが彼女[かのじょ]にできる唯一[ゆいいつ]のことだったし、それで十分[じゅうぶん]な気[き]がした。