Die Sommerferien der Lehrerin, die allein die Südjapanischen Alpen durchquerte
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三月の卒業式が終わった翌日、橋本ゆかりはある生徒に声をかけられた。「先生って、本当にやりたいことって、あるんですか?」
三年間受け持ったクラスの田中凜だった。物事をまっすぐ見る子で、成績も優秀だった。だからこそ、その言葉がゆかりの胸に深く刺さった。「もちろんあるわよ」と笑って答えたが、その夜は眠れなかった。自分の中に、本当にそんな情熱が残っているのだろうか。自問自答が頭の中で渦を巻いた。

教師になって十二年。生物の授業は嫌いではない。むしろ、生命の神秘を解き明かすこの仕事に誇りを持っていたはずだった。でも最近、何かが静かに摩耗していた。教科書通りの知識を教え、進路指導に追われ、生徒の個性を評価するのではなく、型にはめることに必死になっていた。それが何かを確かめたくて——あるいは、その現実から逃げ出したくて——ゆかりは夏休みに入ると同時に、重いザックを背負って広河原のバスターミナルに立っていた。
計画は北岳から始まり、間ノ岳、農鳥岳を縦走したのち、塩見岳、荒川三山、赤石岳を経て、最南端の光岳まで至る十日間のルートだった。南アルプスは北アルプスに比べて登山者が少なく、稜線上の山小屋の間隔も長い。ゆかりはそれを知ったうえで、あえて一人を選んだ。静寂の中で、自分の足音だけを聞きたかったのだ。

三日目までは順調だった。北岳の頂上から見下ろす甲府盆地の広がり、間ノ岳の広大な山頂台地、農鳥小屋の無愛想な小屋番のおじさんが淹れてくれた温かいコーヒー——すべてが鮮やかで、日常の職員室とは完全に別の世界だった。空気が薄くなるにつれ、頭の中の雑音も消えていくようだった。

問題は四日目の朝に起きた。農鳥岳を越えて大門沢への下降路に入ったとたん、稜線から濃いガスが流れ込んできた。気温が急に下がり、雨が横殴りに打ち付けてきた。夏の南アルプスでよくある、午後の雷雨が早まったのだ。ゆかりはレインウェアを着込み、地図とコンパスを確認した。次の道標まであと二時間はかかる。視界は五メートルもなかった。
岩と這い松に囲まれた細い尾根道で、ゆかりは立ち止まった。地図上では道は明確だが、ガスの中では踏み跡がわかりにくい。一歩先が崖になっているかもしれない。引き返すべきか、進むべきか。心臓の鼓動が耳元で大きく響く。
ザックを下ろし、岩の陰に身を寄せた。雨の中でコンパスの針をじっと見た。北を確認し、道の傾斜と風向きから現在地を推測した。昨年、地図読みの講習会で学んだことが今になって明確に役立っていた。恐怖に飲み込まれそうになりながらも、論理的に状況を分析する自分を見つけた。三十分かけて慎重に下降し、ゆかりはようやく鉄のポールの道標を見つけた。霧の中に立つそれを見た瞬間、膝から力が抜けそうになった。それは恐怖ではなく、深い安堵だった。

奈良田で一泊置いてから、ゆかりは再び山に入った。塩見岳の山頂に立ったのは七日目の夕方だった。雲が引き、夕陽が赤石山脈の奥まで赤く染めていった。誰もいない山頂で、ゆかりは声を出さずに笑った。泣いているのか笑っているのかわからないような顔で。
——本当にやりたいことって、あるんですか。凜の言葉が、また聞こえた。でも今度は、違う重さで届いた。これまでゆかりは「やりたいこと」を何か特別な使命か夢だと思っていた。でも七日間、地図を読み、天気を読み、自分の体力と相談しながら一歩ずつ歩いてきた今、気づいたことがある。自分は、考えることが好きだ。生き物の仕組みが好きだ。生徒が「なぜ?」と目を輝かせる瞬間が、好きだ。それは十二年間、変わっていなかった。ただ、その感覚が日々の砂埃に埋もれていただけだった。

光岳の山頂に着いたのは十日目の昼前だった。南アルプス最南端の百名山。そこから振り返ると、自分が歩いてきた稜線が霞の中に連なっていた。次の学期が始まったら、野外観察の授業を提案しようと思った。去年の職員会議で「コストが高い」と言われて諦めていたやつだ。もう一度、資料を作って、丁寧に説明しよう。生徒たちに、この稜線で見つけたような「問い」の面白さを伝えたい。

バスに乗り、温泉に浸かり、ゆかりは深く眠った。夢を見なかった。それがなぜか、おかしいほど気持ちよかった。