明治の探偵が書き残した解けなかった事件の覚書
B2 · Mystery
その手帳[てちょう]を見つけ[みつけ]たのは、偶然[ぐうぜん]としか言い[いい]ようがない。令和[れいわ]六[ろく]年[ねん]の春[はる]、私[わたくし]は神田[かんだ]の古書店[こしょてん]の棚[たな]の奥[おく]で、埃[ほこり]をかぶった革[かわ]表紙[ひょうし]の小さな[ちいさな]ノートに手[て]が触れ[ふれ]た。ページを開く[ひらく]と、古び[ふるび]た紙[かみ]の匂い[におい]と共[とも]に、几帳面[きちょうめん]な筆跡[ひっせき]で「明治[めいじ]三十五[さんじゅうご]年[ねん] 私的[してき]覚書[おぼえがき] 桜田[さくらだ]伊三郎[いさぶろう]」と記さ[しるさ]れていた。
桜田[さくらだ]伊三郎[いさぶろう]。明治[めいじ]後期[こうき]に横浜[よこはま]で活動[かつどう]していたとされる私立[しりつ]探偵[たんてい]で、いくつかの難事件[なんじけん]の解決[かいけつ]に関わっ[かかわっ]たという記録[きろく]がわずかに残っ[のこっ]ている。しかし、その晩年[ばんねん]については謎[なぞ]が多く[おおく]、歴史[れきし]の闇[やみ]に消え[きえ]た人物[じんぶつ]だった。手帳[てちょう]の最後[さいご]の事件[じけん]の記録[きろく]を読み[よみ]終え[おえ]たとき、私[わたくし]は長い[ながい]間[あいだ]、その場[ば]を動け[うごけ]なかった。
(桜田[さくらだ]の覚書[おぼえがき]、明治[めいじ]三十五[さんじゅうご]年[ねん]十一[じゅういち]月[がつ])三島[みしま]事件[じけん]については、ここに詳細[しょうさい]を記し[しるし]ておく。記憶[きおく]が薄れる[うすれる]前[まえ]に、そして——もしかすると——いつか誰[だれ]かがこれを読む[よむ]かもしれないから。明治[めいじ]三十五[さんじゅうご]年[ねん]十一[じゅういち]月[がつ]十七[じゅうなな]日[にち]。横浜[よこはま]・山手[やまて]の貿易商[ぼうえきしょう]、三島[みしま]幸太郎[こうたろう](享年[きょうねん]四十八[よんじゅうはち]歳[さい])が自宅[じたく]の書斎[しょさい]にて変死[へんし]。発見[はっけん]したのは女中[じょちゅう]のお糸[いと]で、午後[ごご]二[に]時[じ]頃[ころ]のことだった。私[わたくし]が呼ば[よば]れたのは翌日[よくじつ]だ。三島[みしま]の義弟[ぎてい]が「不審死[ふしんし]ではないか」と強く[つよく]主張[しゅちょう]したためで、警察[けいさつ]は最初[さいしょ]から自然死[しぜんし]と判断[はんだん]していた。
書斎[しょさい]に入っ[はいっ]た瞬間[しゅんかん]、私[わたくし]は奇妙[きみょう]な違和感[いわかん]を覚え[おぼえ]た。文机[ふづくえ]の上[うえ]に、茶碗[ちゃわん]が二[ふた]つ。どちらも磁器[じき]の白い[しろい]茶碗[ちゃわん]で、きちんと対[たい]になっていた。一[ひと]つには冷え[ひえ]た茶[ちゃ]が半分[はんぶん]ほど残っ[のこっ]ていた。もう一[ひと]つは空[そら]で、しかし不思議[ふしぎ]なほど清潔[せいけつ]だった。まるで、誰[だれ]かが丁寧[ていねい]に拭き取っ[ふきとっ]たかのように。
「その日[ひ]、客[きゃく]は来[き]ましたか」と私[わたくし]はお糸[いと]に尋ね[たずね]た。「存じ[ぞんじ]ません」と彼女[かのじょ]は言っ[いっ]た。「旦那[だんな]様[さま]は午後[ごご]から書斎[しょさい]にこもっておられまして。私[わたくし]は炊事場[すいじば]におりましたから」「茶[ちゃ]を二[ふた]つ用意[ようい]したのはあなたですか」「いいえ。出し[だし]たのは一[ひと]つだけでございます。旦那[だんな]様[さま]のぶんだけ」
では、二[ふた]つ目[め]の茶碗[ちゃわん]は誰[だれ]が出し[だし]たのか。私[わたくし]は部屋[へや]を見回し[みまわし]た。書斎[しょさい]の窓[まど]は内側[うちがわ]から鍵[かぎ]がかかっていた。扉[とびら]は外[そと]から開け[あけ]られる。密室[みっしつ]ではない。誰[だれ]かが訪れ[おとずれ]、茶[ちゃ]を飲み[のみ]、静か[しずか]に去る[さる]ことは可能[かのう]だった。しかし誰[だれ]一人[ひとり]、客[きゃく]の存在[そんざい]を認め[みとめ]なかった。三島[みしま]ゆき——夫[おっと]より十五[じゅうご]ほど年下[としした]の、落ち着い[おちつい]た美し[うつくし]さを持つ[もつ]妻[つま]——は、淡々[たんたん]と答え[こたえ]た。「私[わたくし]はその日[ひ]、午後[ごご]ずっと二[に]階[かい]の部屋[へや]におりました。お糸[いと]も確認[かくにん]できます」
私[わたくし]はその後[ご]、三島[みしま]事件[じけん]を三[さん]週間[しゅうかん]にわたって調べ[しらべ]た。毒[どく]の種類[しゅるい]は特定[とくてい]できなかった。死因[しいん]は心不全[しんふぜん]として記録[きろく]された。二[ふた]つ目[め]の茶碗[ちゃわん]に残っ[のこっ]ていた指紋[しもん]は、三島[みしま]本人[ほんにん]のものだけだった。証拠[しょうこ]がなかった。義弟[ぎてい]はしばらく不満[ふまん]を口[くち]にしたが、やがて引き下がっ[ひきさがっ]た。三島[みしま]ゆきは一[いち]年[ねん]後[ご]に再婚[さいこん]した。相手[あいて]は外国[がいこく]商館[しょうかん]の若い[わかい]日本人[にほんじん]通訳[つうやく]——三島[みしま]が生前[せいぜん]、競合[きょうごう]関係[かんけい]にあった男[おとこ]だった。私[わたくし]は事件[じけん]を「未解決[みかいけつ]」として手帳[てちょう]に記録[きろく]し、表紙[ひょうし]を閉じ[とじ]た。
(最後[さいご]のページ。筆跡[ひっせき]がわずかに乱れ[みだれ]ている)ひとつ、書か[かか]なかったことがある。あの日[ひ]、私[わたくし]が書斎[しょさい]に入っ[はいっ]たとき、空[そら]の茶碗[ちゃわん]の縁[えん]に、ごく薄い[うすい]紅[くれない]の跡[あと]があった。口紅[くちべに]だ。女[おんな]の口紅[くちべに]だ。私[わたくし]はそれを、警察[けいさつ]に伝え[つたえ]なかった。なぜかと問わ[とわ]れれば、証拠[しょうこ]として弱[よわ]すぎたからだと答える[こたえる]だろう。しかし本当[ほんとう]のことを言え[いえ]ば——三島[みしま]ゆきの瞳[ひとみ]に、あの日[ひ]、悲しみ[かなしみ]があったからかもしれない。あれは、愛し[あいし]た者[もの]を失っ[うしなっ]た人間[にんげん]の顔[かお]だった。それが彼女[かのじょ]を無実[むじつ]にするわけではない。しかし私[わたくし]には、その悲しみ[かなしみ]を証拠[しょうこ]台[だい]に乗せる[のせる]ことができなかった。三島[みしま]幸太郎[こうたろう]を殺し[ころし]たのが誰[だれ]であれ、この事件[じけん]は私[わたくし]の心[こころ]の中[なか]では永遠[えいえん]に閉じ[とじ]られない。—— 桜田[さくらだ]伊三郎[いさぶろう] 明治[めいじ]三十五[さんじゅうご]年[ねん]十二[じゅうに]月[がつ]
(現代[げんだい]に戻る[もどる])手帳[てちょう]の最後[さいご]のページを読み[よみ]終え[おえ]て、私[わたくし]は古書店[こしょてん]の薄暗い[うすぐらい]光[ひかり]の中[なか]でしばらく動け[うごけ]なかった。桜田[さくらだ]伊三郎[いさぶろう]は、真実[しんじつ]を知っ[しっ]ていた。そして彼[かれ]は選ん[えらん]だのだ——証拠[しょうこ]を隠す[かくす]ことではなく、「見[み]なかったこと」にすることを。それは正義[まさよし]だったのか。それとも、彼[かれ]が「悲しみ[かなしみ]」と呼ん[よん]だ何[なん]かに、探偵[たんてい]自身[じしん]が動かさ[うごかさ]れていたのか。私[わたくし]にはわからない。ただ一[ひと]つ言える[いえる]のは、百二十[ひゃくにじゅう]年[ねん]後[ご]にこうして覚書[おぼえがき]を読ん[よん]でいる私[わたくし]もまた、あの口紅[くちべに]の跡[あと]を誰[だれ]かに話す[はなす]つもりがない、ということだ。なぜそう思う[おもう]のか、自分[じぶん]でも不思議[ふしぎ]だった。